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梅屋応援オリジナル小説
わたしと梅屋と思い出と。
~I know heartful stories.~
第2話 前編
<思い出のカラメリゼロール>(愛乃)
「へぇ、そんなことがあったんだ?」
わたしの初めてのお使いの裏にそんなエピソードがあったなんて全く知らなかった。お使いに行った記憶は何となくあるのだけれど……。
「フフ、あの頃の愛乃は素直でとても可愛かったですよ」
母が当時を懐かしむように目を細めながら答えた。それじゃまるで今のわたしが素直じゃないみたいじゃない……。
「そう言えば確か中学生の頃だったっけ? 職業体験で梅屋に行った事もあったよね」
こうして母と話していると、梅屋にまつわる様々な思い出が甦ってくる……。今度は中学生時代の記憶を呼び起こす……。
「ありがとうございました。またお越しくださいませ~」
店員さんの明るい声が店内に響き渡る。今日は何度このセリフを聞いただろうか。
わたし、雪平愛乃(ゆきひらあいの)は放課後になると良く梅屋に足を運ぶ。その理由はもちろん、お菓子を買いに行くことだが、正確には少し違う。
わたしの良く通う梅屋にはイートインスペースがあり、中間テストや期末テスト前になると、このスペースを借りてテスト勉強をするのだ。家に帰ってもテスト勉強は出来るけれど、テレビや、漫画の本など、テスト勉強を妨害する誘惑アイテムがたくさんあるので勉強に集中するためにあえて家には帰らずに梅屋で勉強をするのだ。テスト期間中になると、普段やらない部屋の掃除や模様替えをしたくなるのはどうしてだろうか?
とにかく家に帰ると誘惑がいっぱいなのだ。
しかもここなら冷暖房完備のため、夏は涼しく、冬は暖かいのでとても居心地が良いのだ。今ではすっかりわたしの憩いの場所になっている。
わたしはテスト範囲を確認し、英語の教科書を開いた。わたしの見た目で勘違いしている人が多いのだが、いくらブロンドヘアで瞳が青い(片方だけだが)からといって英語が得意というわけではないのだ。生まれてからずっと日本で暮らしているわたしにとって、標準言語は日本語だし、英語は異国の言葉と変わりないのだ……。
教科書の英文を日本語に訳しながら独り言(ご)ちる。
しばらくテスト勉強に集中していたが、キリが良いところまで進んだので、教科書から目を離し、大きく伸びをする。
すると、店のレジの前に並んでいる男性が視界に入った。30代後半ぐらいだろうか? 気のせいか、何度か見掛けたことがあるような気がするのだが、どうだったか思い出せない。だからといって、別に知り合いというわけでもないのでこれといって困ることも無い。
わたしは再び視線を教科書に戻し、テスト勉強を再開した。
この時はまだ、この男性がどのような人物なのか知る由もなかった……。
あれからちょうど1ヶ月が過ぎた頃、学校の授業の一環として、職業体験という授業が始まった。簡単に言えば、地元の企業やお店がどのような内容の仕事をしているのかを3人程度のグループに分かれて、実際に体験させてもらい、将来自分が就職活動をする際の参考にするといった感じの実習だ。
とはいえ、中学2年生のわたしにとって、就職なんてまだまだ先の話で、正直何処に実習に行けば良いのかなんて決められなかった。なので、職業体験先のひとつに梅屋があったため、普段から良く通っている梅屋を選択したのだ。
「皆さん、ようこそ梅屋へ。今日から3日間職業体験の担当をさせていただく咲灯(さとう)です。よろしくお願いします」
わたしにとっては見慣れた顔である咲灯さん。だけど以前と違うところがひとつある。今月から咲灯さんはこの店のチーフではなく、店長に昇進したのだ。母に聞いた話だと、母が昔、梅屋に通い出した頃に入社してきたらしいので、約20年ここで勤めていることになる。「20年」言葉にすると一瞬だけど、実際に20年も勤めるとなるとかなり大変なことだと思う。まさに継続は力なりだと思う。実際その努力が実って数あるスタッフの中から店長にまで昇進することが出来たのだ。 だけど、しょっちゅうお店に出入りして、いつも親しくしているせいか、急に店長と言われても違和感がありまくりだ。わたしからすれば咲灯さんは「仲の良い近所のおじさん」ってイメージがしっくりくるんだよね……。
もちろん、今は職業体験という学校行事の一環で実習に来ているので、礼儀正しく振舞わなければいけないのは言うまでもない。
「梅屋のスタッフには、販売スタッフ、調理スタッフ、経理、マーケティング担当等、様々な職種が存在しますが、今回皆さんには主に販売スタッフの仕事を体験してもらおうと思います」
咲灯さんがわたし達3名の学生を見回しながら言った。そしてさらに言葉を続けた。
「では早速ですが、奥の更衣室に制服を用意しているので着替えてこちらに戻ってきて下さいね。更衣室には別のスタッフが案内しますので。僕が案内したいのは山々なんだけど、女子更衣室なんでね、ははは」
何だか少しずつ喋り方がいつもの咲灯さんに戻りつつあるような気がする。まぁその方がわたしにとっては聞き慣れているのでしっくりくるのだけれど……。
女性スタッフに案内され更衣室に入ると、鍵が差しっ放しになっているロッカーが3箇所あった。ロッカーの扉を開くと、事前に確認されていた通り、わたし達それぞれの体格に合ったサイズの制服がハンガーに掛かっていた。
「何だかちょっと緊張してきたね。わたし接客なんてできるかなぁ?」
クラスメイトのなっちゃんが心配そうに呟く。
「でも梅屋さんってお菓子屋さんだから休憩時間にお菓子とかくれたりしないかな? あたし、しゅうくりぃむがいいなぁ」
お調子者の悠(はるか)が勝手なことを言い出した。
このふたりとはクラスが同じで、よく気も合うので今回の職業体験も3人で同じところに行こうと決めていたのだ。
「そういえば愛乃のお母さんって梅屋大好きだよね。よくお店にいるの見かけるよ。超常連さんだよね!」 「あたしもよく見かけるよ。もう梅屋のマスコットキャラでもおかしくないよね。でもあんなにお菓子食べてるのに、スタイルいいよね、羨ましいなぁ。何か秘訣とかあるのかな?」
ふたりして口々に母について話す。うちの母ってそんなに有名人なの?
しかも梅屋に入り浸っている的な感じで? それはそれで何だか恥ずかしい。
「そ、そんなことより早く着替えて行かないと店長さん待ってるよ? その話はまた今度ね……」
無理矢理話を断ち切り、用意されていた制服に着替えると、ロッカーに鍵を掛け、更衣室を後にした。梅屋の制服は半袖で白をベースとしたパティシエや、看護師さんの制服のような形で、襟と袖には臙脂(えんじ)色でチェック柄のラインが入っている。また、同じ色のチェック柄のベレー帽のような帽子と、前掛けタイプのエプロンの着用も義務付けられている。
「ちょっと可愛いかも……」
ぽつりと独り言を呟きながらフロアに戻る。
その後、30分程かけて咲灯さんが、接客の仕方や、商品の陳列方法、レジの打ち方等を説明してくれた。内容は大体理解できたが、実際に自分が行うとなると緊張してしまう……。
そんなことを考えているうちに時刻は10時、お店の開店時間となった。
「最初は分からないことが多いだろうけど、その都度何でもスタッフに聞いてくれたらいいからね。とにかく笑顔を忘れずにね」
咲灯さんがそう言うと同時にお店がオープンした。
程なくすると本日第1号のお客さんがやって来た。この辺に住んでいる主婦だろうか?
「いらっしゃいませ~」
店内からはスタッフの元気の良い声が響き渡る。
「い、いらっしゃいませ~」
それに遅れること数秒、わたしも普段よりも大きめの声を絞り出した。

「今日は随分可愛らしい店員さんがいるのね~。あら、アナタお人形さんみたいね」
わたしはその女性に対し、ニコリと微笑み、軽く頭を下げた。日本人の特に女性の方は、わたしの外見(髪の色や瞳の色)に対して、大体は先程の主婦の方の様な反応を取られるので、正直こういったやり取りには慣れている。おそらくフィンランドに日本人の女の子がいれば、フィンランド人だって同じように思うだろうから特に気にはならない。
「ありがとうございました~」
今日何人目かのお客さんをお店から送り出す頃にはほんの少しだけ接客というものに慣れてきたような気がした。実際にはきっと慣れてはいないのだろうけど、自分だけではなくて、周りのスタッフの方が何かあれば助けてくれるという安心感がそうさせてくれているのかもしれない。
お昼休憩が終わり、時計の針が14時を回った頃、ひとりの男性が店内へ入って来た。年齢は30代後半ぐらいだろうか。
「いらっしゃいませ~」
午前中と変わらず、元気良くお客さんを迎え入れる。だからといって向こうからは特に何も反応はない。まぁ、お店で「いらっしゃいませ」と言われても、精々軽く会釈するか、愛想笑いを返す程度の反応が当たり前なので、特に何の反応もないことに対しては気になるところもない。
そのはずなのにどういうわけかその男性からは違和感のようなものを感じてしまう。何処かで会ったことがある人だったのだろうか?
しばらく様子を伺っていたが、特に変わった様子はなかった……。
男性は店内に所狭しと並んでいるお菓子には見向きもせず、最初から買う商品を決めていたかのようにカラメリゼロールを手に取り、レジに向かい会計を済ませると、すぐに店から出て行ってしまった。
その後、わたしは先程から感じていた違和感に何となく気が付いた。あの人、全然嬉しそうじゃなかった。笑っていなかった……。
大抵の人はお菓子やケーキを買いにお店に行けば気分がウキウキしたり、自然と笑顔になるものだと思う。そのお菓子が誰かへのプレゼントだったり、自分へのご褒美だったりで気持ちが少なからず高揚するのが普通だと思う。
けれどあの男性は全く嬉しそうじゃなかった。どちらかというと悲しそうな、辛そうなオーラが出ていたように感じてならなかった。
「どうしたんだい? 愛乃ちゃん?」
咲灯さんの声で我に返った。
「す、すみません。大したことじゃないんですけど、今カラメリゼロールを買って行ったお客さんが、何だか悲しそうな顔をしていたように思えたので……」
わたしは正直に思っていたことを咲灯さんに話した。
「そうなんだよ。愛乃ちゃんにも分かったかい?
あの人、時々店に来てくれるんだけど、お菓子屋に来る顔じゃないっていうのかな?
いつも辛そうな顔をしてるんだよね」
どうやら咲灯さんも同じ事を思ったらしく、わたしと変わらない感想だった。
「おっと、そろそろ3人とも休憩にしようか」
咲灯さんがそう言って、わたし達を呼んだ時だった……。
「店長、店長にお客さんっすよ」
後ろから店長を呼ぶ声がした。
彼女は御上潮(みかみうしお)さん。年齢は確か23歳だったかな?
茶色に染めたロングヘアがトレードマークなのだが、仕事中は邪魔にならないように後ろでまとめて結っている。事情はあまり良く知らないのだけれど、少し前に旭川に引っ越して来たらしく、最近ここで働き出した女性だ。何でも四人兄妹の末っ子で、残りの3人はお兄さんらしい。そんな中で育ったせいか、少し男勝りな部分もあったりなかったり……。
「潮ちゃん、仕事中はちゃんとした言葉遣いをするようにって言ったはずだよね。以後気をつけるようにね」 咲灯さんはそう言って潮さんの肩をポンと叩いた。
「注意してるつもりなんすけどね……あ、つもりです……」
「…………。まぁ少しずつ直していくように……。っと、僕にお客さんだったね」
咲灯さんが店内を見回す。
「あ、いたいた。もう、お父さん! 家の鍵、玄関に忘れてたよ! 私、夕方から少し出掛けるからこのままじゃ家に入れないよ? おかげで私が店まで鍵を持って来る羽目になったんだから!」
咲灯さんを発見するなり聞き覚えのある声が飛んできた。
彼女は咲灯実優(さとうみゆ)。咲灯さんの娘で、わたしのクラスメイトでもある。小さい頃に母親を亡くしているので、仕事に明け暮れる咲灯さんに代わり家事を担当している。咲灯さんのお弁当も毎日実優が作っているらしい。
「いやぁ、ごめんごめん、うっかりしていたよ。わざわざ持ってきてくれたのかい? 危うく家に入れないところだったよ、ありがとう」
咲灯さんはそう言いながらポンポンと実優の頭を撫でた。
「もう子供扱いしないでよ。友達の前で恥ずかしいなぁ……」
そう言いながらも実優は嬉しそうに頬を赤く染めた。

「愛乃達は今日から職業体験なんだね。せっかくの祭日なのにご愁傷様……」
職業体験は受け入れてくれる店舗や事業所によって実習日や時間が異なっている。すなわち、わたし達のグループのように運悪く?
祭日でも実習があることもあるのだ。せっかく受け入れておいてもらいながら運悪くなんて言ったら咲灯さんに申し訳ないかな……。
「実優は明日からだっけ?」
「そうそう。別のケーキ屋さんにね。梅屋店員の娘だからスパイだね。色々情報を仕入れてくるからね、お父さん!」
実優は悪戯っぽく笑いながらそう答えた。
「おいおい、誤解を招くようなことを大きな声で言うんじゃない! さぁ、実習の邪魔だから帰った、帰った」
「分かったわよ、家の鍵感謝してよね! じゃあね、みんな実習頑張ってね~」
実優はそう言って手を振りながら梅屋を後にした。
ほんとに仲の良い親子だと思う。まぁうちも同じようなものかもしれないけれど……。
それじゃ潮ちゃん、学生さん達を休憩室に案内してあげてくれるかな?」
「了解っす、店長」
「いや、だから言葉遣いをね……」
わたし達はアハハと笑いながら奥の部屋に向かった。こんな明るい雰囲気の店で仕事ができたら楽しいだろうなぁとわたしは子供心に思った。
3日間の職業体験は特に大きなトラブルもなく、あっという間に終わりを迎えた。初日にやって来たあの悲しそうな男性はその後職業体験中にお店で見かけることはなかった……。
「皆さん、3日間お疲れ様でした。3人とも最後の方は接客も板についてきた感じで、非常に良かったと思うよ。これからもお客さんとしてはもちろんだけど、一緒に仕事が出来る日が来ることを期待して待っているからね! これは3日間頑張ってくれたお礼だ。家に帰ったら家族でどうぞ」
咲灯さんはそう言ってわたし達にひとつずつお菓子の詰め合わせを持たせてくれた。
「わぁ、ありがとうございます!」
「ありがとう、店長さん! 大好き!」
各々に咲灯さんにお礼の言葉を伝える。咲灯さん、鼻の下伸びてますよ……。
「咲灯さ……店長、3日間ありがとうございました。接客って大変なんだなって改めて思いました。でもみんな梅屋のお菓子を笑顔で買って行くのを見ているとこっちまで元気が出てくる気がしました」
「いつも通りに咲灯さんでいいよ、愛乃ちゃん。そう、それが接客の、梅屋の凄いところなんだよ。梅屋のお菓子でみんなを笑顔に! とてもやり甲斐のある仕事だよね。将来一緒に仕事が出来る日を楽しみにしているよ。って、愛乃ちゃんはまだまだこれからなんだから色んなことを自分の目で見て経験して、その後でももし梅屋がいい! って思ったらその時は一緒に働こう! なんてね。それじゃお母さんにもよろしくね」
相変わらずさらりとクサいセリフを平気で言ってしまう咲灯さんだった……。
あれから数週間が過ぎたある日の夜、わたしは自分の部屋で数日後に迫った中間試験のためのテスト勉強をしていた。
――コンコン―――。
「愛乃、試験勉強頑張っていますか?」
部屋のドアがノックされると同時に母さんの声が聞こえた。
「お母さん、どうしたの?」
部屋に入って来た母の方に椅子をくるりと回転させる。
「そろそろ小腹が空いてきたのではと思って、デザートを持ってきましたよ。糖分は頭の回転を良くするらしいですよ?」
そう言って母は持っていたトレイをテーブルの上に置いた。
「あれ? お母さん、今日はめずらしくシュークリームじゃないんだね?」
母の買ってくるデザートといえば、9割方は梅屋のしゅうくりぃむと相場が決まっている。なのに今日はめずらしくシュークリームではなかった。
「よくぞ気付いてくれましたね、愛乃。今日は趣向を凝らして、梅屋のカラメリゼロールにしてみました!」 「へぇ、そうなんだ。ってどうしてそんなに誇らしげなの?」
今にも母からは、えっへん! と聞こえてきそうな雰囲気だ……。
梅屋のカラメリゼロールは自家製の生クリームとカスタードクリームをしっとりとしたスポンジで巻いて、その上に砂糖をまぶして焼きゴテを使ってカラメルを作り、丁寧にひとつずつ手作りされている。焦げたカラメルの香ばしい香りがわたしの部屋に漂い始めた。
「さぁ、甘いものを食べて、もうひと頑張りしてくださいね」
母はそう言うと、テーブルの前から立ち上がった。
「あれ? お母さんは食べないの?」
「実は、さっき抜け駆けして先にパパと一緒に食べちゃいました。それに愛乃の勉強の邪魔になると悪いからそろそろ行きますね」
そう言うと、母は部屋から出て行った。
「ありがとう、お母さん」
立ち去る後ろ姿に向かってお礼を言うと、母は手を振りながら部屋を後にした。
「それじゃ、さっそくいただきます」
わたしは母が差し入れてくれたカラメリゼロールを頬張った。
丁寧に手焼きされ、パリっとした食感のカラメルソースと、しっとりとした柔らかいスポンジの食感、まずこの2つの正反対の食感が口の中を楽しませてくれる。その後にカラメルソースの香ばしさとほろ苦さが、そしてスポンジの中の自家製生クリームが合わさり、さらに口の中が満足感で満たされていく……。
「う~ん、美味しい!」
パリパリとしっとりの全く違う2種類の食感が何とも言えない。ひとくち食べただけで幸せな気持ちになった。きっと今のわたしの顔は笑顔になっているに違いない。
わたしは以前、職業体験で出会ったあの男性のことを思い出した。確かカラメリゼロールを買って行ったはず……。
カラメリゼロールはこんなにも美味しいのに、どうしてあの人は悲しそうな顔をしていたのだろうか? わたしはあの人じゃないのだからいくら考えたって答えが出るわけじゃない。なのに何故かあの悲しそうな表情が忘れられないでいる。
しばらくカラメリゼロールを見つめながら色々と考えてみたが、結局答えは見つからなかった……。