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北へ。アンソロジー

​<札幌すすきの25時>

<札幌すすきの25時>

 またやってしまった……。
 わたし、左京葉野香(さきょうはやか)はぽつりとすすきのの街並みに立ちすくんでいた。
 季節はもうすぐ11月に入ろうとしている。北海道ではこの時期になるとすでに吐く息は白く色付く。
 時刻は真夜中25時。と言っても、街並みには明かりは絶えない。
 行き交う人々は後を絶たないが、わたしは独り別世界にいるような気さえする。
 どうしてこんな場所にいるのか……。それは数時間前の出来事が原因なのだ。
原因と言っても何のことはない。ただの兄妹喧嘩なのである。いつものことながらバカ兄貴には腹が立つ。とはいえ、相手がいないと喧嘩にはならないわけで、わたしにも原因はあるのだが……。
ハァ……。
出てくるのはため息ばかり。ため息が出るたびに息は白く染まる。さすがにこの季節の真夜中にもなるとかなり冷え込んでくる。
「せめて何か上着を羽織って来るべきだったかな……」
 俯いたまま独り言を呟く。
 最初のうちはコンビニ内で時間を潰したりしていたのだが、さすがに長時間になると居づらいものがある。深夜までやっているゲームセンターもあるにはあるが、そういうところに行くような気分にもなれなかった。
 さらについていないことに、財布は上着のポケットに入れたままだったので一文無しときたものだ……。
「やれやれ……。泣きっ面に蜂ってやつか……」
 これじゃ缶コーヒーすら買えやしない。かと言って勢いよく飛び出してきた以上簡単に帰るわけにもいかない。
 どうしたものかと空を見上げる。が、明かりが邪魔をして星は見えなかった。
「ねぇ、彼女?」
ふいに後ろから声がした。振り返るとそこには二人組みの男が立っていた。
「こんな時間に一人でどうしたの? 暇してるなら俺等とどっか行こうよ。カラオケとかさ」
 見るからにチャラチャラした連中だ。最もわたしが嫌いとするタイプである。
「遠慮しておくよ。他の人当たってくれる?」
 当然ながら即答で断った。こういう誘いに簡単について行く奴の気が知れない。
「そんなこと言わずにさ、少しだけでも行こうよ。面白くなかったらすぐにでも帰っていいからさ~」
「悪いけど人を待ってるんだ。だから行けないよ」
 しつこいのでそう言ってやった。
「でもさっきからずっとここにいるじゃん? 誰も待ってないんだろ?」
 本当にしつこい……。
「ならこうするよ。さっき言ったよね? 面白くなかったら帰っていいって。すでに面白くないからこれで帰るよ」
 そう言ってこの場から離れようとした時だった……。
「おい、下手に出てりゃ調子に乗りやがって。いい気になってんじゃねぇぞ」
 片割れの男に腕を掴まれた。
「ふん、それがあんた等の本性か。上手くいかなかったら脅しかよ」
「何だと!?」
 男の握られた拳が振り上げられた……。そしてわたしに向かって振り下ろされようとしている。わたしは咄嗟に自分の顔を庇おうと左手を頭上に挙げた。
「悪い! 遅くなっちまった」
 次の瞬間、男達の後ろからそう言ってもう一人別の男が現れた。もちろん知らない男だ。
 その男はスタスタと目の前の男達を素通りし、わたしの前までやって来た。
「ごめんごめん。遅くなっちまったな。こいつ等知り合いかい?」
 とりあえずわたしは首を横に振った。だけどあんただって知らないよ……。
「何だ? おまえは?」
「何だ? ってこいつの彼氏だけど文句ある?」
 何を言っているんだ、コイツは? わたしに彼氏がいたなんてわたしだって初耳だ……。
「見え透いた嘘言ってんじゃねぇよ。こっちが先に声かけてんだろうが!」
「でもアンタら速攻で振られてただろ? だからどっちにしろダメじゃん。諦めろよ」
 チンピラ相手に臆することなく堂々と男は話した。
「こいつ痛い目見ないと分からないらしいな!」
 二対一じゃ明らかに割って入ったこの男に分が悪いのは目に見えていた。だが男は笑っていた。
「アンタらこそ痛い目じゃ済まないかもしれないぜ」
 そう言ってわたしを庇った男は上着から何かを取り出した。
 鈍く光る物体……。それはどう見てもナイフだった。
「さて先に死にたいのはどっちだ?」
 彼は身体を一歩前に踏み出した。と同時に男達は一歩後退する。
 この時点で勝敗は決していた。男達は素手でナイフには敵わないということは理解できたらしく、おずおずとその場から姿を消した。
 そしてこの場にはわたしとナイフを持った男が取り残された。
 すると男がこちらに目をやった。
 目の前にナイフを持った見ず知らずの男がいる……。ひょっとしてこの状況はさっきの状況よりもはるかに危険なのではないか? 早くこの場を離れなくては! と、脳がわたしに危険信号を送り続けている。が、身体が言うことをきかない……。
「いやぁ…焦った、焦った……。一時はどうなるかと思ったよ~」
「は?」
 その男から想像していなかった言葉が発せられた。
「危なそうな奴等だったからビビったよ……」
 何を言ってるんだ、この男は?
「ナイフを持ち歩いてるアンタの方が危ないんじゃないの?」
「あぁこれ? これはおもちゃのナイフだよ。ほら、刃先が柄の中に引っ込むんだよ。こんなんじゃ人は殺せないよね。ははは」
「…………」
 返す言葉がない。なんだってそんな役に立たないものを持っているのか。
「じゃあ何でそんな物持ち歩いてるんだよ。変な人だな」
「む、変な人とは失礼な。これは偶然ゲームセンターの景品で貰っただけだよ。でもまさか役に立つなんて思ってなかったけどね」
 はははと彼は笑った。
「その……、助けてくれて…ありがとう。助かったよ」
 何だか照れくさくなって俯きながら小声で呟いた。
「どういたしまして。こんな時間に何してるかは知らないけど、さっきみたいな奴がまた来ないとも限らないんだから早く帰った方がいいよ」
「そう……だね。だけどもう少しだけここにいるよ。あんたも早く行かないとさっきの奴らが仕返しに来るかもしれないよ」
「う~ん、でもそういや助けたお礼もしてもらってないしなぁ…。ならこうしよう。君が帰るまで俺に付き合うってのはどう? それでおあいこってことで」
 そう言うと彼はわたしの肩にジャケットをかけてくれた。
「付いてきて。場所を変えよう」
 それだけ言うと彼はゆっくりと歩き出した。
「あ、ちょっと……」
 一体どういうつもりなのだろうか? アイツのジャケットを羽織ったまま帰るわけにもいかないし、助けてもらったということもある。仕方ない……。ここは言うとおりにしよう。悪い奴でもなさそうだし、いざとなったら逃げればいい。足はそれなりに速い方だ。
 わたしは彼の後を少しだけ離れて歩く。
 歩くにつれてだんだんと明かりが少なくなってくる。一体何処へ行こうというのだろうか? 人影はほとんどなく、それに伴って少しずつ不安が強くなってきた。そんなときだった。
「ほい、到着」
 その声で我に返った。
「え? あ、ああ……」
「うん? どうしたの。さてはこんな人気のないところに連れ込んで何する気だ! って思ったんだろ?」
「い、いや、そんなわけじゃないけど……さ」
 図星だった……。
「大丈夫だよ。神に誓って。ちょっと飲み物買ってくるから待ってて」
 それだけ言い残すと彼はにこりと笑って走り去った。
「はぁ……。仕方ない、言われた通りにするか……」
 目の前には小さな公園があった。公園といっても何もなく、あるものといえばベンチぐらいのものだった。
 とりあえずベンチに腰掛ける。
 どういうわけか、あの笑顔を見てからさっきまで抱えていた不安は消えていた。確証はないが、彼は本当に悪い奴ではないと思った。
 そもそも、そんな奴がわざわざ危険を犯してまでわたしを助けるとも考えられないし、ここまで連れて来ておいてわたしを一人にするとも考えられない。こんなの「どうぞ逃げてください」と言っているようなものだ。
 そんなことを考えていると、前から走ってくる奴が目に入った。
「お待たせ。はいこれ」
 手渡されたのは温かい緑茶だった。
「ふ、ふふふ」
 つい笑ってしまった。
「ん? どうしたの急に?」
「あぁ、済まない。でもさ、こういう時ってさ、普通紅茶とかコーヒーって相場が決まってるじゃない? ドラマとかでもさ。なのにあんたが買ってきたのが緑茶だったから笑っちゃったよ。意外にジジくさいんだな」
「ほっといてくれ……」
 プシュっと勢いよくプルトップを開け、緑茶に口を付ける。とても温かい……。ホットなので当たり前といえば当たり前なのだが、何と言うか、緑茶には紅茶やコーヒーとは違った温かさがあるというか、身も心もホッと温かくて落ち着くという感じだろうか。きっとこの感じは外国人には分からないだろう。とにかく今は日本人で良かったと実感できた。
「ひとつ聞いていいかな? こんな時間にあんな場所で何をしてたんだい?」
「別に何もしてないよ。ただ家に居たくなかっただけ……」
「そう、良かったら話ぐらい聞くよ?」
 彼はそう一言答えた。
 別にいつもの兄妹喧嘩だし、家庭の事情をわざわざ他人に話しても仕方がない。だけどわたしはどうしてか話し出した。この人なら真剣に話を聞いてくれると思ったからだろうか? いや、きっと緑茶のせいだ。そうに違いない。そう自分に言い聞かせた。

わたしは家がラーメン屋をしていること、兄貴のこと、いつも些細なことから喧嘩になって今日も家を飛び出したこと、そんなどうでもいいことを話した。

「なるほど。羨ましいね、君は本当にお兄さんや家族に愛されてるんだね」
「な、なんで何処をどう取ればそうなるんだよ? 毎日顔を合わせれば喧嘩ばかりで今だって現にその喧嘩が原因で家を飛び出したってのに……」
 この男は一体何を聞いていたのだろうか?
「いや、良く言うだろ? 喧嘩するほど仲が良いってさ。それにお兄さんは君を大切だと思うから口やかましいぐらいに心配しているんだと思うよ」
「兄貴はわたしのこと何も分かっちゃいないんだよ。だからいつも喧嘩になるんだ」
 そう、兄貴はいつだってわたしの気持ちなんて理解していない。
「なら君はそのお兄さんのことを理解しようとしたかい? お兄さんの気持ちになって考えたことはあるかい?」
「えっ?」
「言葉の裏にはさ、何か理由あるんだよ。だから相手の気持ちになって考えれば見方だってきっと変わる。家族を、兄妹を嫌いな奴なんていないよ。お互い好きだからこそ喧嘩だってするんだよ。違うかい?」
 彼は優しく微笑んだ。
「う、それは……そぅだけど……」
「だろ? なら何の問題もないじゃないか。それに兄妹喧嘩は兄妹でしかできないんだしさ」
 本当は兄貴がわたしのことを心配してくれていることなんてずっと知っていた。だけど素直になれなかっただけ……。何でも言うことを聞くのが「負け」だと思っていた。でもそんなのは間違いだ。それこそ今までわたしは負けていたのだ。
 ベンチに背中を預け、夜空を見上げる。周りに明かりがほとんどないため星が良く見えた。
「きれい……」
「言い忘れてたけど、ここは星が綺麗に見えるんだ。街中じゃほとんど星が見れないから貴重な場所だよ。それにこうやって星を眺めてたらさ、大抵の悩みなんてちっぽけなことに思えてきてさ。よし、頑張ろう! って気持ちになるんだよね」
 ほんとにその通りだと思う。わたしが悩んでいることなんてほんのちっぽけなことだ。自分次第で何とでもなるんだから……。
「よし、それじゃわたし帰るよ。付き合わせて悪かったね。それに……ありがと、元気が出たよ」
「それは良かった。それじゃ、せっかくだから近くまで送るよ」

 再びすすきのの繁華街まで戻る。今度は二人足並みを揃えて……。


「店あそこだから、ここまででいいよ。それからジャケットありがとう」
 わたしにとっては少し大きめのジャケットを彼に返した。
「ひょっとしてあそこでキョロキョロしてるのってお兄さんじゃないかな?」
  言われて店の方をみると兄貴が立っていた。
「は、恥ずかしいなぁ、もう……」
「それだけ心配してるってことさ。早く行ってあげなよ」
 そう言って彼はトンとわたしの背中を押した。
「今更だけどさ、わたし、左京葉野香。今日はありがとう。それじゃ…」
 


 数日後。
 あれ以来兄貴との喧嘩もしなく……なるわけはなかった。
 でも気の持ち方が変わったせいか、今までみたいに腹が立つことはなかった。
 わたしは今日も北海軒で兄貴の手伝いをしている。
「ねぇ葉野香。最近どうしたの何か良い事でもあったの? 気のせいか最近顔がにやけてるような気がするんだけど」
 友達の千歳瑞穂が言う。
「そんなことないよ。それよりさっさと注文しろ」
「う~、やっぱりいつもの葉野香だ……。お兄さん、味噌ラーメンひとつね~。麺は固めで!」
 あいよ~! っと厨房から兄貴の声が聞こえる。
 そんな時だった。ガラガラと店のドアが開いた。
「いらっしゃいませ~」
 反射的にわたしはいつものセリフを呟いた。
「や、こんにちは。葉野香ちゃん」
 そこには見覚えのあるジャケットを着たあの人が立っていた……。



あとがき(という名のいいわけ)
どうも、こんにちはsayです。読んでいただけた皆様ありがとうございました。最近恒例になりつつある、あとがきという名の言い訳ですw
今回はゲーム、北へ。のヒロインである左京葉野香を主人公に短編小説を書いてみました。北へ。シリーズを知らない方でも一応読める感じにはしてみたつもりなのですが、分かりづらかったら申し訳ないです。北へ。キャラの中でもかなりのツンデレである彼女のアナザーストーリーって感じでしょうか?原作を知っている方ならニヤリとするシーンもあったのではないでしょうか?そうだったら嬉しい限りです。
自分は全く文才がなくただの下手の横好きですが、「最近は何かを書く」ってすごいおもしろいんだなぁと思う今日この頃です。できれば今後も続けていければと思っています。
その際はどうぞよろしくお願いします。最後まで読んでいただきありがとうございました。

2007 冬 say

あとがき(という名のいいわけ)take2
どうも、こんにちはsayです。このssを書いたのが2007年なので、早いものですでに12年が経過したわけです。
個人的に北へ。WIのキャラの中で葉野香が一番お気に入りだったので、書いてみた記憶があります。内容的にはあまり本編には関係のない感じなのですが、ここで登場するジャケットの彼と葉野香が良い関係になればと、当時考えていたりしたので、WIの主人公には申し訳ないssとなってしまいました。この話を軸にまたどこかで登場できればと勝手に考えております。
あくまで、ifの話?なので、本編とは関係のないパラレルワールド的な感じでしょうか?
相変わらず拙いssですが、個人的には結構好きなssです(ただの自己満足ですね)。
とはいえ、読んでくれる方あってのssですので、これからもお付き合いいただければありがたいです。
それではまた……。

                             2019 10月 say

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