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夕焼け堂のターニャさん

夕焼け堂のターニャさん番外編~とっておきのプレゼント~

~とっておきのプレゼント~

「それじゃお先に失礼します、店長」
「ああ、お疲れ様。気をつけて帰るんだよ」
 アルバイトの若いスタッフを見送る。店内の時計は23時を少し過ぎたところだ。
 ここはJazz&Bar夕焼け堂。硝子工房の夕焼け堂の奥にある古い洋風の建物を改装し、飲食店として利用している。昼間はCafe夕焼け堂として、夜になるとお酒も楽しめるバー、Jazz&Bar夕焼け堂として営業している。
 あたし、左京葉野香はこの店の店長として日々業務に明け暮れているのだ。
 今日は11月26日。明日は水曜日のため、店は定休日だ。本来なら店の後片付けを済ませればそれで1日の業務は終了となるのだが、今夜ばかりはそうはいかない。なぜなら、ちょっとしたサプライズ企画を予定しているからだ。
 明日11月27日は夕焼け堂のオーナーである、ターニャの誕生日なのだ。
 ターニャには内緒にしているが、明日はここ、Jazz&Bar夕焼け堂にてサプライズで誕生日をお祝いしようと、夕焼け堂ファミリーで計画しているのだ。
「タモっちゃん、そっちの準備は大丈夫?」
 厨房に向かって問いかける。
「ああ。準備っていっても食材の確認だけで、本番は明日だからな。明日は最高の料理をお見舞いしてやるぜ、お嬢。それとタモっちゃんじゃなく葵さんな!」
 彼は葵保(あおいたもつ)。通称タモっちゃん。本人はカッコ悪いから葵さんと呼んでもらいたいらしい。歳はあたしより二つ上で29歳。金髪で常にサングラスと見た目はちょっと近寄り難いのだが、中身も中々で、昔はウチの兄貴が総長をやっていた暴走族、「石狩巣苦乱舞留(いしかりスクランブル)の元副長だ。ある意味見た目とは釣り合っているので、初対面の人からすると少し関わりたくない人に見えるかもしれない。そんなタモっちゃんはどういうわけか調理師免許を持っていて、料理の腕は相当なものなのだ。それこそ見た目とのギャップが激しく、ミスマッチかもしれない。そんな不思議な人がタモっちゃんなのだ。
「そっちこそあたしをお嬢って呼ぶんじゃないよ。タモっちゃん見た目もそんなだからヤクザの事務所だと思われちゃうじゃないか、まったく……」
 やれやれとため息混じりに愚痴る……。
「葉野香~。こっちの飾りつけは終わったよ。後は明日を待つばかりだね」
 奥の方から元気の良い声が聞こえてきた。
「瑞穂、お疲れ様。悪いね、遅くまで付き合わせてさ」
 彼女は千歳瑞穂(ちとせみずほ)。Cafe兼、Jazz&Bar夕焼け堂の店員の一人だ。
 瑞穂とは歳が同じで、高校2年生の頃からの付き合いになる。元々は道外に住んでいたのだが、北海道が好きというだけで札幌に引っ越してきた、夕焼け堂不思議要員その2だ。
「別に全然大丈夫だよ。葉野香とターニャのためならひと肌でもふた肌でも脱ぐよ!」
 瑞穂はにっこり笑いながら右手の親指をグっと立てた。
「き、気持ちだけ貰っておくよ……。いいか、当日はくれぐれもはしゃぎ過ぎないでくれよ……」
 元気なのは良いことだが、コイツは見張っていないと何をやらかすか分からないところがあるのだ。以前は何処で買ってきたのかメイド服で接客を始めたこともあったな……。とにかく、突拍子もないことをやらかす問題児なのだ。そのためか、瑞穂目当てで来てくれるお客さんも実は少なくはないのは事実なのだが……。素直に喜べないのがつらいところだな……。
「もう、葉野香は心配症だなぁ。わたしが葉野香の期待を裏切ったことある?」
 毎回だろ! と心の中で突っ込みを入れたが、実際仕事はよくやってくれるので黙っておくことにした。
「じゃあ…今回も期待しておくよ……」
「うん、任せといて!!」
 自分で言っておいて少し不安になった……。


 翌日……。
 誕生日パーティはお昼からの予定だったため、午前中から会場となるJazz&Bar夕焼け堂の準備を進める。
 工房チームのとんぼと奏も店が定休日のため、手伝いに駆けつけてくれた。
「2人共、休みのところ済まないな。助かるよ」
「いえいえ、ターニャさんにはいつもお世話になってますから、これくらい朝飯前ですよ。ねっ? 一ノ瀬先輩」
 とんぼがトレードマークのポニーテールを揺らしながら言った。
「そうだな。お前のためだったら絶対来ないがな」
 表情を変えずに奏がとんぼに言い放った。
「ひっど~い! そんなだからみんなに嫌われるんですよ、この澄ましイケメン!」
「俺は嫌われてない。それにお前に好かれたいとも思っていない」
「もう、ほんと可愛くないですね一ノ瀬先輩は……」
 いつもの見慣れたやり取りに自然と笑みがこぼれる。澄ましイケメンって褒めているのかけなしているのか、どっちなのかは謎だが……。
「そういや、大和は首尾よくやってるのかな……」
 ターニャの夫である大和にはターニャにこのサプライズが気付かれないように頼んである。準備中にここに来られてしまったら計画が台無しになってしまう。
「予定では今頃はターニャさんを連れて工房の備品の買い出しに行ってるはずです」
 とんぼが少し心配しながら呟く。
「大丈夫そうですよ? 今大和さんから連絡がきました」
 スマホの画面を見ながら奏が言った。
「よし、大丈夫そうだな。それじゃ準備を急ぐか」
 一同は各々に準備を進める。こうやってみんなで何かをするというのは本当に楽しいものだと改めて実感する。昔の眼帯をして跳ね返っていたあたしからは想像もできないことだ。本当にあたしは仲間に恵まれていのだと再認識する。
 今回のサプライズは何としてでも成功させようと気合いを入れ直した。

「よっしゃ、料理も完成! バッチリだぜ。後は主役を待つばかりだな」
 タモっちゃんが一仕事終えて(料理的な意味で)厨房から出てきた。
「お勤めご苦労様です、料理長!」
 瑞穂が言った。
「おぅ! って俺はヤクザじゃねぇよ、料理人だ、料理人。その『お控えなすって』みたいなポーズはやめろ!」
「え~、カッコいいのに……」
 不思議要員達がわけのわからないやり取りをしている……。そのうち夕焼け堂じゃなく、夕焼け組になるんじゃないだろうな……。頭が痛い……。
「あ、大和さんから連絡が来ましたよ! 後10分くらいでこちらに着くそうです」
 とんぼが少しソワソワしながら言った。
「よし、みんな、おかげで準備も間に合ったよ。後はターニャの誕生日を祝うだけだな。楽しんでいこう」
 あたしはそう言うとひとりひとりにクラッカーを渡して回った。
 中央に設置した大きなテーブルを囲むようにそれぞれが配置についた。テーブルにはタモっちゃんが腕によりをかけた料理の数々が所狭しと並んでいる。
「あ、来たよ。ターゲット確認。射程圏内だよ!」
 窓に張り付いていた瑞穂が言う。
「狙撃するんじゃないだろ! バカ言ってないでお前もこっちに来るんだよ」
「了解であります」
 敬礼のポーズを取りながら瑞穂がこちらにやって来る。
 それから程なくしてJazz&Bar夕焼け堂の入り口が開いた。
 パン、パ~ン!!
 クラッカーが一斉に大きな音と共に色鮮やかな紙吹雪を舞い上がらせる。
「せ~の!」
「「お誕生日おめでとう!!」」
 入ってきて早々、ターニャは何が起こったのか分からず呆然と立ち尽くしていたが、数秒後にはこのサプライズの主旨を理解したようで、驚きと嬉しさが入り混じったような表情を見せた。
「皆さん、私のためにこのような催しを??」
 ターニャは皆の顔を見回し、驚きを隠しきれないでいる。
「ああ、みんなで相談してこっそり企画してたんだよ。で、午前中は計画がバレないように大和さん協力してもらってターニャを外に連れ出してもらったのさ」
「そうだったのですネ。そんなことだとは私、全く気付きませんでした。皆さん、ありがとうございまス」
 ターニャは深々と頭を下げた。
「サプライズ大成功ですね!」
 とんぼのポニーテールが嬉しそうに跳ねている。
「おぅ、それじゃせっかく腕を振るった料理が冷めないうちに食べてくれよ!」
 タモっちゃんがみんなを席に着くよう促す。
「すごく美味しそうな料理ですね。葵さん、ありがとうございまス」
「気にすんじゃねぇよ。嬢ちゃんはここのヘッドだからな」
 ワハハと豪快にタモっちゃんが笑い飛ばした。ターニャは暴走族じゃないっての……。
「あ、ターニャの席はここだからな。俗に言うお誕生日席ってやつだな」
 そう言ってターニャを指定の席に案内する。
 全員が席に着いたところでターニャがあることに気付き口を開いた。
「そういえば大和さんは? 先ほどから姿が見えませんガ……」
「ああ、大和さんにはちょっとお使いを頼んでるんだよ。もうすぐ戻ると思うよ」
「そうなのですカ。それにこの席は大和さんの席として、私の両隣の席が空いているのですが、まだ誰かいらっしゃるのですカ?」
 実はターニャの両隣の席が空いているのには理由がある。それこそが今日の誕生日パーティの本当のサプライズなのだ。
 ―――ガチャリ―――。
 その時、Jazz&Bar夕焼け堂の入り口が再び開いた……。
 

「ただ今戻りました」
 ドアの向こうから大和さんが戻ってきた。そしてドアの後ろに向かって何か話している。
 大和さんに遅れること数秒、入って来たのは……。
 ―――ガタン!!
 物凄い勢いでターニャが椅子から立ち上がった。ターニャにもこんなに素早い動きができるのだなと少し驚いてしまう……。
「エッ、どうしてここに……お母さんとお父さんが??」
 そこに立っていたのはターニャのご両親だった。
「実は本当のサプライズはこっちなんだ。普段滅多に会えないから、今回ご両親にお願いして来てもらったんだよ。さ、お義父さん、お義母さん、どうぞ中へ」
 二人は入り口で軽く一礼し、ターニャの方へ向かって歩いて行く。
「ターニャ、お誕生日おめでとう。元気にしてたかしら?」
 ターニャの母が瞳を涙で潤ませながら言った。
「突然のことで、私…何て言ったらいいカ……」
 突然のサプライズに思考が追いついていないターニャ……。
「そういうときはこうすればいいんだよ! えい!」
 見兼ねた瑞穂がターニャの背中を突き飛ばす。ターニャはご両親に抱き付くような形となった。
「Матъ(お母さん)、Отец(お父さん)、会いたかった……」
 ターニャは両親の胸に顔を埋めて泣き出した。
 ターニャは10代の頃から親元を離れて小樽で暮らしていたため、今でも何年かに1度程度しか実際に会って話をすることはないのだろう。それが自分の誕生日に思いもよらない形で両親に会えたものだから一気に想いが溢れ出てしまったのだろう。
 ターニャの父親はターニャ小さい頃に亡くなっていて、現在の父親は継父ということになるのだが、以前は実父の思い出の品などを捨てられてしまったりと、色々とトラブルもあったらしい。それが原因でターニャは家を飛び出して単身で小樽にやって来たのだ。
 継父のとった行動は、いつまでも過去や父の思いに縛られ続けて窮屈な人生を送るよりも、ターニャ自身の人生なのだからもっと自由に生きて欲しいという気持ちの表れであったのだ。お互いの言葉足らずが招いた誤解から疎遠となっていたが、ターニャは大和さんと出会い、父の本当の思いを知り、「アクトロイスワヨーセルツェ・オープンユアハート」の本当の意味を理解し、継父との蟠り(わだかまり)も解けたのだとターニャから聞いたことがあるのを思い出した。
「しばらく見ないうちにすっかり大人になったもんだ」
 そう言ってターニャの父はターニャの頭を優しくポンポンと撫でた。
「お父さん、私もうそんなに子供じゃないですよ……」
 照れくさそうにターニャが呟く。
「ははは、いつまで経ってもターニャは俺たちの子供(娘)だよ」
 どうやら本当のサプライズは成功したようだ。今回の陰のMVPはご両親を呼ぼうと発案した大和さんだろう。それと、今回の件を快く承諾してくれたご両親のおかげだ。
「ねぇ葉野香? 葉野香はターニャたちが何を話してるか分かる? ロシア語だからわたし、さっぱり分からないよ。だってわたし、分かるのボルシチぐらいだもん」
 まぁ確かに瑞穂の言う通り、あたしにも話の内容は良く分からない。けれどターニャのあの表情を見れば凄い幸せそうだということだけは良く分かった。
「み、皆さん、私ったらお恥ずかしいところをお見せしてしまいましタ……。ご招待頂いた私が言うのもなんですが、せっかくのご馳走ですから、温かいうちにいただきましょうか」
 ターニャの両隣にはご両親が座り、これで全員揃ったことになる。
「よし、それじゃ俺の会心の出来を味わってくれ。嬢ちゃんの両親に負けないくらい愛情を注いで作った自信作だ」
 タモっちゃんが手際よく料理を人数分取り皿に分ける。この辺の手際は流石としか言いようがない。どうしてこんな人が昔兄貴を慕っていたのか今更ながら謎で仕方が無い。
「飲み物も行き渡ったな。それじゃ今回の主役であるターニャから一言もらおうか」
「え、私ですか!? そ、そうですね……皆さん今日はこんなに盛大に誕生日を祝っていただいてありがとうございまス。まさか両親にまで会えるとは夢にも思ってもいませんでした。今後もより一層、夕焼け堂のために尽くしていきたいと思いますので、これからも皆さんのお力を貸してください。よろしくお願いしまス」
 ターニャは深々と頭を下げた。テーブルからは拍手が沸き起こった。
「それじゃ、明日からまたみんなで夕焼け堂を盛り上げていこう! かんぱ~い!」
「「かんぱ~い!!」」


 誕生パーティのその後はというと、一体誰の誕生日か分からないぐらいに各自各々にはしゃいだり盛り上がったりと、大変だった……。あたし達らしいといえばらしいのだが……。
 ターニャはというと、パーティの後は両親を連れて小樽観光に出掛けて行った。これも大和さんの計らいだろう。ちなみに今晩はターニャの家に泊まるそうだ。なんでも大和さんとお父さんが一緒にウォッカを飲み交わす約束をしているのだとか……。
「大和さんは一緒に行かなくて良かったのか?」
 Jazz&Bar夕焼け堂に残り後片付けを手伝ってくれている大和さんに尋ねる。
「うん、滅多とない家族水入らずだからね」
 そう言って優しく微笑むと、大和さんは後片付けに戻って行った。なるほど、ターニャが惚れ込むのも納得だ。
 大和さんを一言で言い表すのならまさに「縁の下の力持ち」だろう。決して派手さはないのだけれど、なくてはならない大切な存在……。そんな言葉がピッタリだと思う。
 それに引き換え、うちの相棒(瑞穂)ときたら、途中から金髪のウィッグをかぶってターニャの真似を始めるわ、ロングヘアのウィッグをかぶったと思えば、眼帯を付けて「世間を両目で見たくないからさ」とかあたしの黒歴史(恥ずかしい過去)を真似てみたりとやりたい放題……。店の今後が思いやられるよ……。とは言ったものの、ああ見えてやるべきことはやってたりするんだよな。
 とんぼと奏も凸凹コンビに見えて、あれで中々息が合ってるところもあったり……。
 夕焼け堂は不思議な奴らばっかだなと改めて思う。まぁ、自分もその一員なのだが……。
 ともかく、今回のサプライズは大成功に終わって良かった。
「あの、葉野香さん? さっきから何をブツブツ言ってるんですか?」
 気が付くと、とんぼがあたしの顔を覗き込んでいた。
「いや、別に大したことじゃないよ……うん? とんぼ?」
 待てよ、今日は水曜日で店は定休日だが平日だぞ……?
「なぁとんぼ? 今日は高校はどうした??」
「あっ、バレちゃった……。そ、そうだ、今日はターニャ記念日で臨時休校なんですよ、アハハ……」
「そんなわけないだろ、サボったな! 何で今まで誰も気付かなかったんだ」
「ご、ごめんなさ~い」
 言うと同時にとんぼはその場を逃げ出した。
「こ、こら待て……」
「だってあたしもターニャさんのお祝いしたかったんだもん! 昼間にするのが悪いんだから!」
 そう捨て台詞を残してとんぼは逃げて行った。まぁたまのことだし、良しとするか……。
 特別なことなんて何も無い。ただ気の許せる仲間達がいる。それがどれだけ素晴らしいことだということが改めて分かった気がする。誰かのために何かしたい……そう思える仲間達で夕焼け堂は出来ているのだ。
 「さて、もうひと頑張りするかな!」
 両手を広げ大きく伸びをする。見上げた空は澄み切って何処までも青かった。明日も良い日になりそうだ……。


 Fin

 

あとがきという名のいいわけ

 皆様、こんばんは。Sayです。本日はターニャの誕生日ということで、誕生日ssを書かせていただきました。
 実は言ってしまいますが、今回のssは書く予定はありませんでした。というか、間に合わないと思っていました……。
 そのため、急遽ターニャの誕生日の前日に前夜祭と称して、「葉野香と瑞穂のミルクボーイ風漫才~ターニャ・リピンスキー編~」を掲載させていただきました(笑)
 事件はその後起こりました。漫才ssが完成したのが11/25。それを当HPのマスターである嘉麟さんに送信したところ、「まだ日にちありますよね? もちろん誕生日ss書くんですよね?」と返信がきました。
 え? 二日しかないですよ? マスター?(笑)
 そんなこんなで急ピッチで考えたssがこのssです。ただ、サプライズで誕生パーティをするだけではありきたりだったので、急遽ターニャの両親に登場していただきました。この両親なのですが、ほぼ資料というか設定がないので(確か北へ。WIのエンディング後の後日談で少しだけ出てきましたよね?)勝手な想像で書いています。初めて親父さんと会った時に「ウォッカが好きかどうか聞け」というセリフがありましたよね? 当時は多分主人公は未成年だったのだと思うので、今回その約束が叶ったということにしています。
 そんなわけで、今回はこのようなssとなりました。人間追い込まれれば何とかなるんですね(笑)
 とはいえ、言葉足らずな拙いssではあるのですが……。
 それでは今回も読んでくださった皆様ありがとうございました。皆様あってのssです。
 また次回のssでお会いできれば嬉しいです。ではまた~。


 2020.11.27 say
 

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