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北へ。アンソロジー

<君と北へ。>

 君と北へ。(函館編1)

「おはよう、明理。昨日はよく眠れた?」
「おはようございます。羊さんを5匹数えたところで寝ちゃいました」
「それは良かった。今日も少し長旅になるからそろそろ出発しようか」
「はい。それじゃ、今日も運転よろしくお願いしますね」
「了解!」
 二人を乗せた車は次の目的地函館に向かって走り出した。

 数時間後・・・。
「ふぅ、一気に走ったからさすがに疲れてきたな。そろそろどこかで休憩しようか」
「そうですね、無理はよくありませんし。あ、あそこなんてどうですか?」
「うん、ちょうどいいね。あそこで休憩しよう」
 二人が休憩に選んだ場所は国道5号線沿いに位置する道の駅YOU・遊・もり。
 屋上の展望ラウンジからは羊蹄山や駒ケ岳が一望できる。また、周辺にはオニウシ公園や青葉ヶ丘公園などの都市公園が広がっている。
「ついでにお昼も食べていこうか。お腹ぺこぺこだよ」
「はい、実はわたしもです」
 二人は道の駅内にある小さな食堂で昼食を取ることにした。
「う~ん、何にしようかな」
「わたしは塩ラーメンにします。函館といえば塩ラーメンです」
「よし、じゃぁ俺も塩ラーメンにしよう」
 注文してしばらくすると塩ラーメンが2つ運ばれてきた。
「それじゃ、食べようか」
「はい、いただきます」
「うん、おいしい。スープがあっさりしていてすごく食べやすいよ。実は塩ラーメンって苦手だったんだよ。でもほんとおいしいよ。やっぱり何事も食わず嫌いはダメだな」
「そうですよ。好き嫌いはいけませんよ。何でもちゃんと食べないとダメです」
「あれ? そういう明理は納豆食べられるようになったのかなぁ?」
 彼が冗談交じりに言った。
「うぅぅ、それはですねぇ……、その……、人間ひとつぐらい苦手なものもありますよ。うん、そうですよ」
(急に開き直ったな…)
「あ、それはズルいんじゃない?」
「そ、そうです。ズルいんです、わたし……」
(知らなかった……。明理ってズルかったのか……)
 二人は塩ラーメンを堪能した。
「そろそろ出発しようか?」
 そう言って彼が飲み終えた缶コーヒーの缶を捨てようとゴミ箱を探している。
「おかしいな、ゴミ箱がひとつも見当たらないな」
「あ、○○さん、ここにこう書かれていますよ」
 壁には“道の駅をよりきれいに保つためにゴミは自分の手で持ち帰りましょう”と書かれている。
「そうなんだ。だからゴミ箱がないのか。でも道の駅をきれいに保つためにはこういうことも大切だよね。すごくいいことだと思うよ」
「わたしもそう思います。みんなが利用する場所ですものね」
「そうだね。それじゃ、そろそろ行こうか」
「はい」

 彼は再び車を走らせ次の目的地に急いだ。
「次はどこに行くのですか?」
「もうすぐ見えてくるはずだよ。ほら、見えてきたよ」
 二人の目の前に姿を現したのは大沼国定公園。秀峰・駒ケ岳が噴火してできた沼で、大沼、小沼、じゅんさい沼と三つに分かれている。この三つの沼を総称して大沼と呼ばれている。最も大きい大沼湖で周囲24kmにもなる。現在では新日本三景のひとつに数えられている。
「わぁ、すごくきれいなところですね。少し歩きませんか?」
「もちろん、喜んで」
 二人は大沼周辺を散策した。
「あ、○○さん、あそこにお団子屋さんがありますよ。行ってみましょう」
「お、パティシエの血が騒ぎ出したね」
「はい、そんなところです……。(あぅ、色気より食い気だと思われたかも……)」
 ここは沼の家。1905年(明治38年)創業の老舗の団子屋だ。よく見るとここの団子は串には刺さっていない。それは大沼や小沼に浮かぶ126の島々に見立てているからだそうだ。
 味の方はあん、醤油、ごまの三種類から選べるようになっている。
「おいしそうですね。いただきます」
「それじゃ俺もいただきます。うん、とってもおいしいよ」
「そうですね、このごま団子が特においしいです」

「明理って……」
 彼が口を開いた瞬間、明理が割って入った。
「ち、違うんです。これはその…、今後のお菓子作りの研究のためにですね……」
 なぜか明理はあたふたと一人慌てている。
「明理? 急にどうしたの? ただ俺は明理っていつもお菓子の勉強や研究がとっても熱心だなぁって思っただけなんだけど……?」
「ふぇ? なんだ、そうだったんですか? そうですよね、わたしはてっきり……(明理って色気より食い気だよね。って言われるかと思っちゃいました。わたしって早とちりばっかだなぁ)」
「てっきり何なの?」
「な、何でもないですよ。そろそろ行きましょう、ね」
「?? うん? そうだね」
 何がなんだか分からないまま彼は車に押し込まれ、再び次の目的地に向けて走り出した。
「やっぱり函館に来たらあそこに行かないと旅行者のもぐりだよね」
「どこに行くのですか?」
「もうすぐ着くよ」
 到着した場所は五稜郭公園。五稜郭は1857年から1864年にかけて徳川幕府が築城した日本初の様式城郭である。城内は箱館戦争最後の舞台だったため石垣や土塁が当時のまま姿を留めている。春には桜の名所としても人気があり約1600本の桜が咲き乱れ、たくさんの花見客で賑わう。
 二人は五稜郭タワー展望台から五稜郭を見下ろした。
「すごい眺めですね。周りを見るとここで戦争があったなんて思えないですね」
「ほんとだね。今では春になるとたくさんの桜が咲くらしいよ」
「きっと綺麗なんでしょうね…」
「いつかまた春になったら来ようか?」
「ほんとですか? 今から楽しみです。約束ですよ?」
「うん、約束」
「それじゃ、指きりです」
 そう言って明理は彼に向かって小指を差し出した。
 彼もその小指に小指を絡める。
「♪ 指きりげんまん嘘ついたら針千本飲~ます! それと凄いものおごってもらいます♪」
「え? 凄いものって何?」
「ふふ、それは、内緒です」
 気がつくと辺りは少し日が傾きかけていた。
「よし、そろそろ出ないとまずいな。明理、急がせてゴメンね」
 彼はちらっと腕時計を見ながら言った。
「慌てているようですが何処に行くのですか?」
「本日のメインイベントさ」
 それだけ言うと急いで車を走らせた。しばらく車で走ると右手に函館駅が見えてきた。
「おっ、函館駅が見えてきたね」
「確か2003年に新しく改装されたそうですよ。テレビでやっていたんですけど、何でも約60年振りの全面改築だったらしいです」
「そうなんだ? 前の函館駅も見てみたかった気がするな。おっ、路面電車が走ってるよ」
「わぁ、ほんとですね。いいですよね、こういうのって素敵だと思います」
「うん、古き良き時代の文化って感じがするね」
 さらにしばらく車を走らせロープウェイ乗り場に到着した。
「ここからはロープウェイで頂上まで行くんだよ。函館の知り合いの話じゃ旅行客の多いシーズン中は交通規制でタクシーや観光バスかロープウェイでしか上まで行けないんだって」
「ということは今回はロープウェイで函館山の夜景を見に行くんですね」
「正解! さすが明理。察しがいいね」
「それほどでも……ってここまで来れば誰でもわかりますよ、もぅ」
 明理はプクぅっと頬をふくれて見せた。両頬を真っ赤にして怒っている明理はとても可愛らしく、彼は思わず頭を撫でてあげたくなったが、以前明理に『また子供扱いする…』と怒られたのを思い出してやめた。
「ハハ、確かに。それじゃ乗ろうか」
 ロープウェイはゆっくりと山頂目指して登ってゆく。時間にして三分ぐらいだろうか、あっという間に山頂に到着した。
 そこはまるで別世界だった……。
 函館山夜景、それは香港・ナポリとともに世界三大夜景に数えられている。展望台から見渡す街並みと漁火はまさに宝石を散りばめたようで100万ドルの夜景と呼ぶにふさわしかった。
「わぁ~、凄いですね。前々から一度見てみたいと思っていましたがこんなに綺麗だなんて……。言葉じゃ表せないですね」
「ほんと、こんな凄い夜景を明理と見られるなんて幸せだよ」
「わたしもうれしいです。もしあなたと出会えていなかったらきっと今みたいにこうして夜景を見ることもなかったと思います。だからわたし……今とっても幸せです」
「明理……。実は渡したいものがあるんだ」
「えっ? 突然どうしたんですか?」
 彼は明理の左手を取り、その薬指に指輪をはめた。
「○○さん! これは……」
 明理は事態が飲み込めていないようだ。そこに彼が言葉を続ける。
「明理、落ち着いて聞いて欲しい。これは別にプロポーズみたいな格好の良いものじゃないんだけど、俺はこれからもずっと明理と一緒にいたいと思っているし、明理を幸せにしたいと思ってる。だからこれからもずっと俺と一緒にいて欲しい……」
 明理の目から大粒の涙がこぼれ落ちた。
「こんなわたしでほんとにいいんですか?」
「明理だからいいんだよ。いや、明理じゃないとダメなんだ!」
「○○さん、わたしの答えはあなたの部屋に押しかけたあの日からずっと決まっています!」
 そう言うと同時に明理は彼の胸に飛び込んだ。
 彼は優しく明理を受け止めた。
「○○さん、もう何があっても離れませんからね」
「望むところだよ」
 二人の唇が重なり合う。まるで夜景が二人を祝福しているかのようだ。
 今日見た夜景はきっといつまでも忘れることはないだろう……。
 その時何かが一瞬光ったような気がした。
(なんだろう? 何か光ったような……。気のせいかな?)
「そろそろ冷えてきたし戻ろうか?」
「そうですね。もうすぐ最終のロープウェイが来るみたいですし」
 お互い少し照れくさそうに答えた。
 二人はロープウェイを降り、車を停めていたパーキングまで戻ってきた。
「あれ? 何か挟まってるぞ」
 よく見ると車のワイパーのところに何かが挟まっている。
「何だろう…? うわっ、これは!?」
 それを見たとたんに彼は真っ赤になって固まった。
「○○さん、どうしたんですか?」
 心配そうに明理が彼の横に駆け寄る。そして彼の持っていたものに目をやった。
「うぁぁ、これは……」
 明理は彼以上に真っ赤になって彼同様に固まった。
 彼が手にしているもの、それは一枚のポラロイドカメラで撮られた写真だった。
 しかも写っているのは先ほどの彼と明理のキスシーンだったのだ。
「一体誰が……?」
 写真の裏を見てみると何か書かれている。
『また会ったわね。函館旅行の記念にどうぞ。それじゃどうもご馳走様でした。朝比奈京子 PS 彼女とお幸せにね』
「柳月で会った人ですね。見られてた……んですね」
「そうだね…。粋な計らいというか何というか……。いたなら声かけてくれればいいのに」
「ふふ、記念にもらっておきましょう」
 明理は恥ずかしそうではあったものの少しうれしそうでもあった。彼との思い出が形として残っているというのがうれしかったのかもしれない。
「とにかく、今日の宿に行こうか」

 今回の北海道旅行最後の宿泊先は、函館ハーバービューホテル。
 ここはJR函館駅のすぐ前にあり、函館朝市がホテルの裏にあるため幅広い客層に支持されている。また、13階のスカイバー“エステラード”からは函館港を背景にした市街の夜景が一望できる。
「ふぅ、残すところあと一日になっちゃったね」
「はい。楽しい時間はあっという間ですね。わたしが北海道に住んでいた頃は、帰るのはいつもあなただけで、わたしはその後は独りぼっちでしたけど、今はあなたと一緒に帰ることができます。だから淋しくはないです。それにあなたがずっと一緒にいたいって言ってくれましたから……」
「そうだね。これからもずっと一緒だよ。そしてまた北海道にも来ようね」
「はい!」
 明理は彼からプレゼントされた指輪を眺めている。シンプルな指輪だが明理にとっては彼の思いが詰まったどんな指輪よりも高価な指輪だ。
(この指輪はわたしの宝物です。一生大切にしますからね)
 明理が振り返ると彼は寝息を立てて眠っていた。
「そういえばずっと一人で運転してくれていたんですよね。お疲れ様でした。おやすみなさい」
 明理は静かに部屋の電気を消して自分も眠りに就いた。

つづく


あとがきという名のいいわけ
 皆さまこんばんは。sayです。
 今回は函館編ということなんですが、いざ読み返してみると、割と長かったので、函館編1と函館編2に分けさせていただきました。ですので、札幌編2のあとがきで「函館といえば当然彼女が登場??」と書かせていただいたのですが、彼女の登場は函館編2になりますね……。すみません(すでにいいわけ全開ですねw)
 とまぁ、以前も書きましたが、このssは15年程前に書いたものを誤字以外手直しせずに掲載しています。
 函館編1を自分で読み返してみるとちょっと(かなりの間違いw)無理があるところもあったりして修行不足だなぁ、と感じるところが多々あります。函館山のシーンなんかは観光客でごった返していてあんなこと無理だろ!という声が聞こえてきそうですねw
 途中で登場した道の駅YOU・遊・もりですが、ここは自分が実際立ち寄って、塩ラーメンを食べた記憶があります。今思えば、函館森町といえば、いかめしですよね? なぜ食べなかったのか今更ながらに後悔ですw
 そんなわけで(どんなわけで?)函館編1はこれにて終了です。ここまで読んでくださった皆さま、本当にありがとうございます。読んでくれる方あってのssです。これからもスローペースではありますが、ssは書いていこうと思っていますので、どうぞよろしくお願いします。それではまた次回のssでお会いできることを祈っております。


 2020.7月 say

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