top of page

北へ。アンソロジー

ファーストコンタクト【京子】

ファーストコンタクト

「う~ん、何だか行き詰っちゃったわね……」
 ここは、メゾンサブリナ。わたし、朝比奈京子は頭を抱えながら呟いた。
「どうもわたしの思い描いているシーンに合う風景じゃないのよね」
 わたし現在、自主制作映画コンクールにエントリーするための作品の構想を考えている最中だった。
「あ~もう、何となくイメージはあるんだけど、それが出てこないのよね、ハァ~」
 何度目かのため息がこぼれた。ため息をつくと幸せが逃げるんだっけ……。まぁ、わたしはそんなの信じてはいないけれど……。
 ピンポーン。
 その時、玄関のチャイムが鳴った。
「は~い」
 椅子から腰を上げ玄関に向かう。
――ガチャ。
 玄関の鍵を開ける。
 そこにはひとりの男性が立っていた。わたしより少し背が高く、細身でスラっとした体型でTシャツにジーンズというシンプルな格好をしている。
「ただいま~」
「おかえり、ユウ。早かったのね」
 彼の名は秋月悠(あきづきゆう)。わたしの恋人で現在一緒に暮らしている。元々同じマンションに住んでいたのだけれど、別々に住んでいるのは経済的にも勿体無いという理由からだ。
「うん、今日は借りるものが決まっていたからね」
 ユウの手にはレンタルしてきたのであろう、ビデオショップの袋が持たれていた。
「ひとつ確認させて。そのビデオは一体何を借りてきたのかしら?」
 そう尋ねたわたしの顔は少し険しい顔をしていたかもしれない。
「あぁ、これ? これはね、悪魔の得々モンスターシリーズの最新作だよ」
 ユウは笑顔で答えた。
「やっぱり……。もう、またそんなの借りてきたの? よく飽きずに見れるわね……」
 ユウとは逆にわたしは呆れ顔でため息混じりに答えた。まぁ、人の好みはそれぞれだけど……。
「結構おもしろいよ、これ」
 さらにユウは少年のような無邪気笑顔で答えた。
「わ、分かったわよ……(この笑顔には弱いのよねぇ、例えるなら仔犬かしら…反則だわ)」
 わたし達ははリビングに移動した。すでにユウはビデオデッキに借りてきたビデオをセットしている。
「ちょっと、まさか今から見るの?」
「そうだけど、マズかった?」
「別にマズくはないけど……。今度の映画の構想を考えていたから……」
「でも今は行き詰ってるんでしょ?」
 う、鋭いところを突いてくるわね……。って一言も行き詰ってるなんて言ってないわよ?
「ねぇ、ひとつ確認させて。どうして行き詰ってるって分かったの? 一言もそんなこと言ってないのに」
 わたしは気になって尋ねた。
「だって顔に書いてあるよ。と言うのは冗談で、いつも朝比奈は映画で行き詰ったときは左手を顎の辺りに当てて考え事をしてるからさ。きっと癖なんだろうね? 知ってた?」
 知らなかった……。自分にそんな癖があったなんて。これからは気をつけなくちゃ。
「よく見てるわね。普段はボケ~っとしてるくせに」
「あ、ひどいなぁ。そんなことないよ」
 そう言いながらもユウは怒った様子もなく、ビデオの再生ボタンを押した。
「ねぇ、朝比奈も一緒に見ようよ。おもしろいからさ」
「い、いいわよ、わたしは……」
 だってわたしの趣味じゃないもの。
「遠慮しないでさ、ほら、朝比奈、ここに座って」
 ユウはくるりと振り向き、わたしに微笑みかける。やっぱりその笑顔、反則だわ……。狙ってやってるのかしら。
「もう、しょうがないわねぇ」
 その笑顔に逆らえず、わたしはユウの隣りにちょこんと座った。
 ユウはわたしのことを「朝比奈」と苗字で呼ぶ。その理由は以前わたしが名前で呼ばれると馬鹿にされている気がするからと言ったせいだ。今なら名前で呼んでくれても構わないのに……。
 恋人同士でなのに苗字で呼ばれるのも少し変よね? 実際にユウに名前で呼ばれたらわたしはきっと照れてしまうんだろうな。
 ユウの隣りに座り、わたしはチラっとユウの横顔を眺めた。
 こうして見ているとほんと少年ってイメージなんだけどね。この不思議な雰囲気に惹かれたのかしら。
 ユウの肩にそっと身体を預けようと寄り添ったときだった。
「ガハハハハ、このチェーンソーで真っ二つにしてくれる!!」
 テレビから下品な笑い声が聞こえてきた。
 もぅ、せっかくいいところだったのに! やっぱりこのシリーズは嫌いだわ。
「わたし、お風呂に入ってくるわ」
「え?これからがおもしろいのに……」
 まったく、こんなのの何処がおもしろいのかしら!?
 わたしはバスルームにそそくさと急いだ。

 ブクブク……。
 バスタブに満たされたお湯が水面で泡立っている。
 わたしは肩までしっかりとお湯に浸かると、さらに口の上あたりまでお湯に浸して息を吹き出す。
 ブクブク……。
「う~ん、やっぱりダメね。お風呂やトイレに入っている時によく良いアイデアが閃くって言うけどあれはウソね。20数年間ほぼ毎日お風呂に入っているのに一度だってそんな試しないもの」
 よくアニメや漫画に出てくる頭上に豆電球がピカっと点灯して「閃いた!」という光景を思い出しながらそんなことを呟いた。
「ユウには期待できそうにないし……。何たって映画の趣味が全然違うもの。得々モンスターだものね……」
 苦笑いを浮かべながらため息をついた。
「でもそういえば、得々モンスターのおかげでわたしはユウと出会えて、今一緒にいるのよね。何か複雑な気分だわ」
 わたしはバスルームの天井を見つめながら時間を過去へと遡る。

 数年前……。

「久しぶりに映画でも借りて帰ろうかしら?」

 わたしは思い立ったように北大を後にし、近くのレンタルビデオショップに向かった。
 とあるレンタルビデオショップ……。
 う~ん、どれにしようかしら? これなんか結構おもしろそうだわ。
 声に出すか出さないかの声で独り言のように呟く。
「どうしようかな」
 左手を顎のあたりに当てながら考え込む。
 その時だった……。
 ドン!
 何かがわたしにぶつかった。
「あ、ごめん」
 その声に振り返ると、そこにはわたしと同じ位の年齢だろうか? 一人の男性が立っていた。
「ごめんね。つい余所見してたから、大丈夫? ケガとかしてない?
 その男性は落としたビデオを拾いながらわたしに言った。
「ええ、軽く当たった程度だから問題ないわ(得々モンスター? こんなの借りる気なの?)」
 わたしはその男性よりも男性が借りようとしているビデオの方が気になった。
「ひとつ確認させて。あなた、それ借りるの?」
「そうだよ。もしかして君もこれ借りたかったの?」
「そ、そんなわけないじゃない、借りないわよ」
「そっか、じゃぁ遠慮なく借りるね」
 彼はニコリとわたしに微笑みかけた。彼の笑顔はとても優しい、まるで少年のような笑顔だった。
「ど、どうぞ……(不覚だわ、一瞬どこの誰かも知らないこいつの笑顔にドキっとしちゃったじゃない)」
 わたしは頬を少し赤らめながら必死で冷静さを保とうとしている。
「それじゃあね」
 その男性はわたしにもう一度微笑みかけてその場を後にした。
 今のは何だったのかしら?
 わたしは自分の胸に手を当ててみた。わたしの心臓は間違いなくいつもの倍は速く拍動している。
 様々なことを考えながらレジに並ぶ。
 すると、隣りのレジにはさっきの男性が会計を済まそうとしていた。
 わたしはその男のことが何故か気になった。
「お待ちのお客様、どうぞ」
 店員の声でふと我に返る。
「あ、はい」
 会計を済ませようと財布を開いた時だった。隣りのレジから声が聞こえてきた。
「お客様、会員カードはお持ちでしょうか?」
「ちょっと待って…、あれ? 財布忘れてきちゃったかな?」
 彼は肩からかけていた小さなカバンの中を必死で探している。その姿はまるで、迷子になった仔犬のようだった。
 わたしは我慢し切れずに彼に向かって言った。
「あ~、もう、貸しなさい! すいません、これも一緒にお会計して下さい」
「あ、君はさっきの。いいの?」
「いいも、悪いももう払っちゃったわよ……」
 わたしはつい勢いでとんでもない行動に出てしまった。今更後悔したところで後の祭りなのだが。
 何やってるんだろう、わたし。つい勢いで一緒に借りちゃった。それもこれもこいつのせいだわ。何だか捨て犬みたいでほっとけなかったのよね……。
 二人は会計を済ませて店の外に出た。
「はいこれ、アナタの分」
 そう言ってわたしは「悪魔の得々モンスター」とタイトルの書かれたビデオテープを差し出した。
「でもこれは、一応君が借りたものだし……。僕、財布忘れてきたみたいだしさ」
 彼が申し訳なさそうに言った。
「わたしはこんなの見ないわよ、それにせっかく借りたんだから責任持って見なさいよ!」
 わたしは無理矢理彼のカバンの中にビデオを押し込んだ。
「でも、返却はどうするの?バラバラじゃマズイよね?」
 彼は当然のことをわたしに尋ねた。
「えっと、そこまで考えてなかったわ。じゃ、こうしましょ? レンタルの期限は一週間だから、一週間後またこの店で待ち合わせ、これでどう?」
「僕はそれでかまわないけど、ほんとに借りてもいいの?」
 彼は再度尋ねた。
「アナタがビデオを持ってトンズラさえしなければね。それじゃ一応お互いの携帯電話の番号を交換しましょう、それで問題ないわね?」
 わたしは一人で淡々と話を進める。
「じゃあわたしがアナタの携帯にワンコールするから、番号を教えてくれるかしら?」
「分かったよ。ちょっと待ってね」
 彼はカバンの中を手探りで携帯を探しはじめた。
 まさか携帯まで忘れてきたんじゃないわよね?
「あった、あった。はい、これが番号だよ」
 彼は携帯の画面に自分の携帯の番号を呼び出し、それをわたしに見せた。
「え~と、090の○×△……と。よし、じゃあワンコールするわね」
 わたしは今打ち込んだ番号に電話をかけた。
「♪♪~♪」
 彼の携帯が鳴った。
「お、来たよ」
 彼は携帯の通話ボタンを押す。
「ひとつ確認させて。わたしは確かワンコールするって言ったわよね? わざわざ通話ボタンを押す必要あるのかしら?」
 わたしは少しムッとした口調で尋ねた。
「はは、そういえばそうだね」
 彼は無邪気に微笑んだ。
 まただわ、この笑顔、やっぱり反則だわ。わざとやってるのかしら? それとも天然なの? 何だか怒るに怒れなくなるのよね……。
「そういえばまだ名前聞いてなかったわね。わたしは朝比奈京子よ」
 わたしは名前だけを伝えた。見ず知らずの初対面に色々と自分のことを話すのもどうかと思ったからだ。
「僕は秋月悠。京子ちゃんか、いい名前だね。」
「秋月悠・・・ね。じゃあ名前を登録しておくわ。それと、わたしのことを名前で呼ばないで。何だか馬鹿にされてる気がするから。でもわたしはあなたのことをユウと呼ぶことにするわ。現時点でわたしの方が立場が上だから。どうせ、来週の今頃までしか呼ばない名前だけどね」

 わたしは少し皮肉っぽくそう答えた。
「なるほど、確かにそうかも。朝比奈さんがいなかったらこのビデオ借りられなかったものね」
 ユウはウンウンと頷きながら答える。
 ちょっと、皮肉のつもりだったんだけど……。やっぱりかなりの天然なのかしら? 詐欺に遭いやすそうなタイプだわ。
「と、とにかく、来週の夕方5時にここで待ち合わせでいいわね」
「大丈夫だよ。もし何かあったらTELするよ」
「わかったわ。それと、わたしのことは朝比奈でいいわ。さん付けは何だかこそばゆいから。じゃあ、一週間後にここで。絶対来なさいよ!!」
 わたしは少しきつめに念を押す。
「うん、ありがと。それじゃ、またね」
 ユウはそう言って微笑むとその場を後にした。
 わたしはしばらくその場を動けなかった。一種の放心状態のような感じだった。
「なんでわたし、こんなことしてるのかしら? 見ず知らずの初対面にここまでしてやる義理なんてないのに。どうかしてたわね……」
 声にならない言葉がため息混じりに発せられる。
 だが、そのため息とは逆にわたしの身体は少し体温を上げ、顔には赤みが差していた。
 家に戻ったわたしは自室のソファに腰を掛け、天井を見上げていた。
「今日のわたしはどうかしてるわ。どこの誰かも知らない奴のためにあんなことするなんて……」
 唯一分かっているのは“秋月悠”という名前と彼の携帯電話の番号だけだった。
「ユウ……かぁ」
 わたしは何となく携帯電話のアドレス帳を開いてみる。
 ピ、ピピッ……。
 電子音の後には呼び出されたユウの携帯の番号が画面に表示されていた。
 名前が「あ」から始まるため自動的にわたしの携帯のアドレス帳の一番最初に彼の番号は登録されていた。
 どこに住んでいて、何をしている人なのかすら知らないアイツ。どうしてこんなに気になるのかしら?
 まさか、一目惚れ?? バ、バカ、そんなことあるわけないじゃない!
 わたしは一人で自問自答を繰り返す。
「そうよ、きっとあの笑顔が悪いのよ。あれに惑わされたに違いないわ! 詐欺に遭いやすそうな奴だと思ってたけど、ホントはアイツが詐欺師だったりしてね。あの笑顔に騙される人って結構いそうよね?」
 ん?? ってことは、わたしはあの笑顔に騙されたってことになるんじゃ…??
 ゴホン、前言撤回。
 詐欺師かどうかという冗談はさておき、認めたくはないけどアイツを意識しているのは確かだわ。
「あ~~、一体何やってるのかしら、わたし……全部アイツの所為だわ。一週間後会ったときは覚えてなさいよ、絶対何かおごらせてやるんだから。」
 わたしは誰もいない部屋で独り言を呟きながら頬を紅く染めた。
「あ、暑いわね、クーラー壊れてるんじゃないの??」
 顔が紅いのを室温の所為にしつつ、わたしは借りてきたビデオを見るためにテレビのスイッチを入れた……。

 ―――1週間後……。

 大学から帰ってきたわたしはソワソワしていた。
 それは、ユウが本当にビデオを持って店に現れるかという不安から来るものではなく、再びユウと会ったときに自分がどういう態度をとってしまうかが気になるからである。
 ふと時計に目をやると、時計の針は16時26分を示していた。
「そろそろ出掛けないとね(何だか映画のコンクールにエントリーするより緊張してるわね……)」
 わたしは支度を済ませると、約束のショップに向かった。
 17時5分……。
 わたしは約束のショップの前にいた。
 遅い! 約束の時間は過ぎたわよ、何やってるのかしら、全く。
 わたしは不機嫌な顔をしながら腕を組み直す。その時、後ろから聞き覚えのある声がした。
「お~い、朝比奈~」

 その声に振り返ると、息を切らしながら駆け寄ってくるユウの姿があった。
 一瞬、顔が緩みかけたが、それを押し殺してクールを装う。
「遅い! あなた、シネ研時間で来るなんていい度胸ね」
「ごめん、ごめん。ちょっと遅れちゃったね。で、シネ研時間って何なの?」
 ユウは笑顔で尋ねた。
 う、さっそく反則技できたわね。
「こ、こっちの話よ、とにかく、さっさと返却にいくわよ」
「あ、待ってよ」
 まぁ、一生懸命走ってきたのに免じて許してあげるわ。
 シネ研時間というのは、わたしが所属している大学のサークル、シネマ研究会、通称「シネ研」のことで、ここでは待ち合わせの時間より1時間以内の遅刻は遅刻扱いにはならず、セーフなのである。
「ご返却結構です。ありがとうございました~」
 返却を終え、二人は再び店の前にいた。
「さてと、今回の件は無事終了ね。これでアナタは自由の身よ」
「うん、朝比奈にはほんとお世話になったね。お礼ってわけじゃないけど、これから食事でもどうかな?」
 ユウはわたしを食事に誘ってきた。
「ひとつ確認させて。もちろんアナタのおごりよね?」
 わたしは照れくさそうにそう答えた。
「うん、もちろん」
 ユウはいつも通りの笑顔でそう答える。おそらく本日最高の笑顔だ。
「そ、それじゃ、早く行きましょ」
 わたしは顔を真っ赤に染めてさらに照れくさそうにそう言うと、行き先も聞かずに急に歩き出した。その時だった……。
「朝比奈!!」
 突然ユウがわたしの名を叫んだ。
「えっ?」
 その声で我に返ったわたしの目の前には一台の車が迫っていた。信号は赤だったのだ。
 わたしはどうすることもできず、その場に立ち尽くしてしまった……。
 キィィィ~!
 車のブレーキ音が辺りに響き渡る……。
 その次の瞬間、わたしはユウの胸の中にいた。
 とっさにユウがわたしの腕を取り、そのまま引き寄せたのだ。
「あ……」
 わたしはうまく言葉が出せないでいる。そしてゆっくりと顔を上げる。そこにはユウの顔があった。
 今わたしの瞳に映っているユウの顔は、さっきまでの少年をイメージさせる顔ではなかった。
 そこには今までのユウからは感じたことのない「男性」としてのユウを感じる。
「……比奈、朝比奈? 大丈夫?」
 心配そうにユウが尋ねる。
「え? あぁ、大丈夫よ」
 わたしは少しずつ自分が一体どうなったのかを理解し始めた。
 そっか、わたし、車に轢かれかけたんだ……。それをユウが助けてくれた。
「よかった~。ホントびっくりしたよ。危機一髪だったね」
 ユウがホッと一息つきながら安堵の表情を浮かべる。すでに顔つきや雰囲気は少年のようなユウに戻っていた。
「もう平気だから」
「ホント無事でよかったね」
 ユウの腕に力が入る。
「ひとつ確認させて。いつまで抱きついてるつもりかしら?」
「あ、ゴメン……。うれしかったんでつい……」
 わたしって何でこんなことしか言えないのかしら? せっかく助けてくれた相手にそれはないわよね。我ながら素直じゃないなぁ。
「ん? どうしたの?」
「な、何でもないわ。それより、早く行きましょ」
 わたしは再び歩き出そうとする。
「痛っ!」
 右足に電気が走ったような痛みを感じる。
「朝比奈、どうしたの?」
 心配そうにユウが駆け寄る。
「何でも……ないわ。」
 わたしの頬を一筋の汗が流れ落ちる。
「何でもないわけないじゃん。かなり我慢してるみたいだし……。足見せて」
「ホントに大丈夫だから」
「ダメだよ、ほら、こんなに腫れてるよ。捻挫したみたいだね。早く冷やさないと」
「わたしのことはいいから早く案内しなさいよ。」
 何でわたし、こんなに意地張ってるのかしら……?
「ごめん、朝比奈、今日の食事は中止にしよう」
 突然、ユウは強がるわたしに向かって言った。
「え? まさかまた財布忘れたんじゃないわよね?」
 次から次へと強がったセリフしか出てこない、ほんとかわいくないなぁ。
「そうじゃないけど、その足じゃ無理だよ。今日は帰ろうよ。家まで送るから」
 今帰ったらひょっとして二度とユウに会えなくなるかもしれない。そんなことがわたしの脳裏をよぎった。
「だけど……」
 力なくわたしが呟く……。
「ダメだよ。ほら帰るよ?」
 そう言うとユウはわたしの前に屈み込んだ。
「ち、ちょっと何のつもり?」
「何って、おんぶだよ? やったことないの?」
 ユウはわたしの質問に対して普通に答えた。おそらく、わたしが聞きたかった答えとは全く違うだろう。
「知ってるわよ、それぐらい。そんな問題じゃないわよ。できるわけないでしょ、そんなこと」
「じゃぁお姫様だっこにしようか? その方がもっと恥ずかしいと思うよ?」
 ユウはニコリと微笑みながらそう答えた。
 う、どうやらわたしの負けみたいね。
「わ、分かったわよ、もう……」
 わたしは観念してユウの背中におぶさった。
「じゃ、行こうか。道案内よろしくね」
 札幌の街はすっかり暗くなり、街灯が二人を照らす。
 広い背中……。普段は頼りなさそうな感じだけど、やっぱりユウも男なんだなぁ。
「どうしたの? ひょっとして恥ずかしいの?」
「あ、当たり前じゃない。みんなこっち見てるし……」
 あまりの恥ずかしさにわたしはユウの背中に顔をうずめた。
 知り合いに会わないことを祈るわ。
「大丈夫だよ、きっと二度と会わないよ?」
 わたしの気持ちを知ってか知らずか、ユウは言った。
 家に着いたらわたし達も二度と会えなくなるのかな……。ユウの肩を抱く腕にギュっと力が入る。
 しばらく二人の間に沈黙が続いた。
 その時だった。
「ねぇ、朝比奈?いつにしよっか?」
 突然ユウが口を開いた。
「いつって、何よ?」
 わたしは意味が分からず尋ねる。
「今日中止になった食事さ。今度いつ会えるかな?」
 ユウのその言葉で沈んでいたわたしの顔に笑顔が戻った。
「そんなにわたし、暇じゃないんだけど? でも仕方ないわね、付き合ってあげるわ」
 きっとわたし今すっごくうれしそうな顔してるんだろうなぁ。背中越しで見られなくてよかったかも。
「よかった。断られたらどうしようかと思ったよ」
「当然、アナタのおごりよね?」
「もちろん!」
「じゃあアナタの都合のいい日にわたしの携帯にTELして。それまでメモリは残しといてあげる」
 ごめんね、凄く嬉しいけど、これが今のわたしの精一杯なの、次に会う時までにはもう少し素直になっておくから……。
「うん。それまでに朝比奈も足の捻挫治しておいてね」
「分かったわ。っとそこの角を右ね」
「了解。あ、ここは……メゾンサブリナ?」
 言われた通りにユウはその角を右に曲がった。そして立ち止まりそう呟いた。
「そうよ、ここがわたしの家よ。どうかしたの?」
 わたしは不思議に思い、ユウに尋ねた。
「だって……、僕もここに住んでるんだよ。ハハ、凄い偶然だね」
「えぇ~~~~!!」
 まさか同じところに住んでいたなんて……。全然知らなかったわ。二度と会えないんじゃないかなんて心配して柄にもなくブルーになったわたしがバカだったわ。
「心配して損したわ」
「え、何の心配してたの?」
「な、何でもないわよ! もう、家に着いたならさっさと帰りなさいよ!」
「何怒ってるの? あ、待ってよ、朝比奈~」

 ―――ピチャ……。
 天井から湯船に雫が落ちた。
 回想に耽っていたわたしは一気に現実に引き戻された。
 色々と思い出しちゃったわね。あれがわたしとユウのファーストコンタクト。
 あれがきっかけで付き合い始めて、今は一緒に暮らしているのよね……。あのビデオショップの偶然には感謝しないとね。
 そういえばあの頃よく行った河原があったわね? 水面に月が映っていて綺麗だった……。
「あ!! それよ! 何で気付かなかったのかしら? 今考えている映画のイメージにピッタリ!! 生まれて初めてだわ。お風呂でいいアイデアが閃くなんて……。そうと決まれば急がなきゃ!」
 わたしは慌ててバスルームを飛び出した。
「ユウ、ねぇ! ユウ!」
「どうしたの? 朝比奈?」
 ちょうど得々モンスターを見終わったユウはわたしの声に振り返った。
「今から出掛けるわよ。ほら、あの河原覚えてる?」
「昔よく行った河原?」
「そうよ、すぐ撮影の準備して」
 わたしは今にも飛び出して行きそうな勢いでそう言った。
「分かったけど……先に服着た方がいいよ。風邪引くよ?」
「え?」
 そこにはバスタオルを一枚巻いただけのわたしの姿があった……。
「キ、キャ~! ユウのバカ、えっち!」
 わたしは再びバスルームに姿を消した……。
「それって僕が悪いの・・・?」

<エピローグ>

 わたし達は昔よく来た河原にいた。
「う~ん、懐かしいわね。ここはあの時のままね」
「そうだね。ほんと懐かしいね。」
 この河原はわたしとユウが付き合うことになった想い出の場所……。
 今日もあの日と同じように三日月が水面に映し出されている。
「ホントにあの日のままね。ここだけ切り取られて時間が止まっているみたいだわ」
 昔を思い出しながらわたしは懐かしそうに話す。
「やっぱり久しぶりに来てみるのもいいものだね?」
 ユウも共感するように答える。
「じゃあ、せっかくだからあの日を再現してみる?」
 わたしは頬を紅く染めながらそう言った。
「うん、それじゃ、やってみようか? よろしく、ヒロインさん」
 そう言った後、少しの間沈黙が続いた……。
 その時、心地よい一陣の風が二人の間を通り抜けた。
 それが合図かのようにわたしは口を開いた。
「わたしはユウのことがどうしようもなく好き……。こんな気持ちは生まれて初めて……」
「僕も朝比奈のこと、大好きだよ」
「ちゃんとハッピーエンドにしてよね?」
「もちろんだよ、朝比奈」
「今日からは京子って呼んで」
「好きだよ、京子……」
 そっと二人は寄り添う……。そして自然と顔が近付き、二人の距離がゼロになる。
 月の光に照らされた二人の姿がゆらゆらと水面に映し出される。
 それはまるで、映画のワンシーンのようだ……。


Fin

あとがきという名のいいわけ

 今回はかなり久しぶりに北へ。DD(DDD)キャラでSSを書いてみました。かなり緊張しました。
 一応前編と後編ということで書いてみましたが、何とか形になりました。(なってないか?)
 このSSを書くにあたって、京子の相手役をゲームの主人公にするか、DDDのユウにするか、かなり悩んだのですが、最終的にユウにしました。
 今までユウの登場するSSって見たことなかったので書いてみました。(僕が見たことないだけで書いている方がいらっしゃるかもしれませんね)
 ユウは結構好きなキャラで、もしかしたらゲームの主人公より好きかもしれないですね。(主人公派の皆様、ごめんなさい)
 ユウを書くにあたっては、ほとんど僕が思ったイメージで書いているのでひょっとしたらDDDのイメージとは違う感じがするかもしれませんね。
 一応はDDDのイメージを参考にしたつもりですが……。すでに言い訳全開ですね。(笑)
 で、肝心の京子さんはというと、皆様おそらく(僕もですが)、京子のイメージというと気が強くて、意地っ張りで、でもそんな中に見え隠れする女の子らしさというか、可愛らしさ、をイメージしていると思うんですよ。
 今回はそんな京子さんの女の子らしさ、可愛らしさをかなり前に押し出して書いてみました。ちょっと極端過ぎたかもしれませんが……。「こんなの京子じゃない!」と思われた方、ごめんなさいm(_ _)m
 個人的には今回のSS、好きなんですけどね。
 まぁ何はともあれ、完成して一安心です。
 今回も拙いSSですが、読んでくださった皆様、ホントにありがとうございます。いつも書かせてもらっていますが、皆様あってのSSだと僕は思っております。
 もしよろしければ感想等いただければありがたいです。今後の参考にしたいと思います。
 これに懲りずにこれからもSSを書いていきたいと思いますので、皆様、どうか見捨てずお付き合い下さいね。

あとがきという名のいいわけtake2

 皆様こんばんは、sayです。このssは今からかれこれ15年以上前に書いたものをリメイクしたssです。リメイクといって第3者視点で書いていたのを、京子視点に変更した程度で、ほとんど以前のままなのですが……。ですので文章的におかしなところや、拙いところがたくさんあり、読みづらいところがあるかもしれませんね(え? 最近のssと特に変わりない?w)
 以前は前編と後編に分かれていたのですが、今回は能登さんのお誕生日記念ということで、まとめて掲載させていただきました。ssの説明は先程の通りなので割愛させていただきますね。
 今後も少しずつではありますが、北へ。ssは書き続けていこうと思いますので、お付き合いいただけるとうれしいです。
 それでは次回のssでまたお会いしましょう。ではまた……。


2021.2月 say
 

 

bottom of page