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北へ。アンソロジー

​<サンタのいないクリスマス~イルミネーション・カウントダウンはきっと~>

サンタのいないクリスマス
~イルミネーション・カウントダウンはきっと~

 札幌の大通公園は至るところでイルミネーションが光り輝いている。現在はホワイトイルミネーションのイベントの真っ只中。さらに言えば、今日はクリスマスイヴ。特別な日なのだ。街中が降り積もる雪の中、活気に満ちている。
 なのに私はというと、師走の街の賑わいがまるで人ごとみたいに空しく響いている。
 幸せそうに歩いている人達を見ないように、何かから逃げるように足早に帰り道を一人歩く。
 札幌駅から汽車に乗り、15分程で南平岸駅に到着した。札幌周辺ほどではないが、この辺もこの時期は街路樹を彩るイルミネーションがあちらこちらに施されている。
 深々と降り注ぐ雪に吐く息が白く色付く。マフラーに積もる雪を振り払い、立ち止まる。
 様々な色に変化するイルミネーションの光が白い雪に反射し、とても綺麗に輝いている。ホワイトクリスマスを引き立てる舞台装置としては申し分ないだろう。
「ハァ……あとはお兄ちゃんがいれば申し分ないんだけどなぁ……」
 私は大きく溜め息をついた。ホワイトクリスマスに、素敵なイルミネーション、最高の舞台は整っているのに、一番大切な人はずっとずっと遠い空の下……。
 今年の夏休みは東京からお兄ちゃんが北海道旅行に来ていて、その間はずっと一緒に生活をしていた。お兄ちゃんといっても、血の繋がりはなく、小さい頃に東京に遊びに行った際に私が勝手にそう呼んでいただけで、何となく今でもその癖が抜けずにお兄ちゃんと呼んでしまっている……。夏休みが終わってお兄ちゃんが東京に帰ってしまってからは何だか胸の真ん中にぽっかりと穴が開いてしまったような感覚が続いている……。
 お兄ちゃんのことを考えると胸の鼓動が速くなり、心がザワついてしまう……。
 私、やっぱりおにいちゃんのこと、好きなのかな……。
 そんなことを考えながら歩いているうちに、ローズヒル南平岸の前まで戻ってきていた。
 5階でエレベーターを降り、玄関の鍵を開ける。
「ただいま~」
「ニャ~ン」
 お帰りネコのエルちゃんがおかえりの返事で出迎えてくれた。
「おかえり、琴梨」
 誰もいないと思っていたリビングの方から声がした。
「あれ? お母さん、今日は仕事終わるの早かったんだ?」
「まぁね。今日はクリスマスイヴだろ? こんな時ぐらい早く帰って一緒にご飯食べようと思ってね。ま、それぐらいの融通を利かせられるぐらいには偉くなったのさ」
 あはは、とお母さんは笑って見せた。
「ホント? 誰かに仕事押し付けたんじゃないの?」
 お母さんのことだからあり得ない話ではないかもしれない。
「大丈夫、大丈夫。何とかなるさ。それに何かあったら電話がかかってくるだろうからさ。それより琴梨、あんた何だか元気が無いね? どうかしたのかい?」
 不意にお母さんが言った。相変わらずこういうことに関しては鋭い……。
「そ、そんなことないよ? ちょっと雪道歩いてきたから疲れただけだよ」
 咄嗟に誤魔化す。
「ふ~ん、てっきり誰かさんのことが恋しくなって寂しがってるんじゃないかって思ってね」
「べ、別に私とお兄ちゃんはそんな関係じゃないから!」
 慌ててムキになって言い繕ってしまった。
「そうかい? でも母さん、お兄ちゃんだなんて一言も言ってないんだけどさ?」
 お母さんが悪戯っぽく笑っている。
「もう、お母さん!」
「ごめん、ごめん。ホント琴梨は分かりやすいね~」
 そう言ってお母さんは逃げるように書斎の方へ行ってしまった。
 それから、お母さんと二人で夕食を食べ、その後、今日の昼間に作っておいたクリスマスケーキも一緒に食べた。我ながら上手に出来たと思う。
 切り分けて欠けたホールのクリスマスケーキを見ていると何だか少し切なくなった。
 お母さんと二人で食べるケーキも美味しいけれど、お兄ちゃんが一緒だときっともっと美味しく感じるんだろうなぁ……。何だか主役がいないというか、サンタのいないクリスマスって感じだろうか……。
 自室でそんなことを考えていると身体だけではなく、心まで冷え切って凍えてしまいそうな気持ちになる。
 特別な日は―――。
 特別な人と―――。
 特別なこと―――。
 特別にしたい―――。
 机の上に飾っている鳥の硝子細工をぎゅっと抱きしめた。小樽運河工藝館でお兄ちゃんが買ってくれたこの置物を見る度にお兄ちゃんのことを思い出す……。
「私、もっと強くならなくちゃ……。こんなことじゃお兄ちゃんに笑われちゃうよね」
 コンコン―――。
 その時、部屋のドアがノックされた。
「琴梨、お風呂沸いたから先に入るといいよ。今日は寒いからゆっくり温まるんだよ」
 ドア越しにお母さんの声が聞こえる。
「はぁい、すぐ入るね」
 言われた通りにお風呂場に向かう。確かに今日は普段に比べると一段と寒く感じる。
 湯船に浸かると冷え切った手足の指先がジンジンして血行が良くなってくるのが分かった。
「ふぅ……」
 身体が徐々に温まってくる……。このまま私の心も温まるといいのに……。
 そんなことを思いながら天井からポトリと落ちてくる水滴をぼ~っと見ている……。
「琴梨~」
 お風呂場からお母さんの声が聞こえた。
「どうしたの? お母さん?」
「東京からアンタに電話がかかってきてるけど、どうする? 後にするかい?」
 私はその言葉を聞くと同時に慌てて湯船から立ち上がった。
「東京から?? もしかしてお兄ちゃんから? お母さん、電話貸して!」
 半ば強引に電話の子機をお母さんから奪い取ると電話を耳に当てた。
「もしもし……お兄ちゃん?」
「あ、琴梨ちゃん? 元気そうだね。遅くなったけど、メリークリスマス! ごめんね、会いに行けなくて。実は冬休みはケーキ屋でバイトしててさ。クリスマスは書き入れ時でどうしても休みが取れなくて……。でもバイトは今週で終わりだから、さっき陽子さんにも話したんだけど、年末にはそっちに行けそうだよ!」
 受話器からお兄ちゃんの声が聞こえる。何だかホッとするような優しくて安心できる声……。
「ホント!? じゃあ年末にはまたお兄ちゃんに会えるんだね! 嬉しいなぁ、私楽しみにしてるね!」
 会えなくて寂しいと思う気持ちがたくさんあったはずなのに、お兄ちゃんの声を聞いたらそれだけで、そんな気持ちはどこかに飛んでいってしまった。やっぱり私はお兄ちゃんが大好きなんだな……。
「そういえば、琴梨ちゃん? 何だか声が響いているみたいだけど、もしかしてお風呂の途中だった?」
 その言葉で自分がお風呂に入っていたことを思い出した。
「キャ~、お兄ちゃんのエッチ!!」
「いや、琴梨ちゃん、電話だからそっちの姿は見えないから……」
 受話器の向こうから苦笑いが聞こえてきた。
「そ、そうだよね……ごめんね、お兄ちゃん。あ、そうだ、言い忘れてた。メリークリスマス! お兄ちゃん!」
 受話器の向こうのあなたにメリークリスマス!
 私の一番大切な人はきっときっと同じ空の下……。

 12月29日。待ちに待った年末がやって来た。
 私はお兄ちゃんを迎えに新千歳空港まで急いだ。
 雪のせいか、少しだけ汽車の到着時刻が遅くなってしまったため、待ち合わせの時間を少しオーバーしてしまった。
「はぁはぁ……」
 息を切られながら待ち合わせ場所に急ぐ。会いたい気持ちが私を置いてどんどん先に進んで行ってしまう。私もその気持ちに負けないように足を速める。
 その先に待ち焦がれた後ろ姿を発見した。
「あっ! いたいた! お兄ちゃーん!」
 私は嬉しくなってつい叫んでしまった。
「ごめんね。ちょっと遅れちゃった。久しぶりだね、元気だった? あれ? ちょっと背伸びたんじゃない?」
 嬉しさのあまり矢継ぎ早に質問してしまった。
「そういや、少し伸びたかもしれないな。琴梨ちゃんも綺麗になったよね」
「うふふ、冗談ばっかり……。お兄ちゃんも格好良くなったよ」
 しばらく会っていなかっただけなのに、話したいことは山ほどある。でも今はこうしてまた会えたという事実だけでとても幸せな気持ちになれた。
「そろそろ汽車の時間だよ。行こ。今回もガイドは私、春野琴梨です!」
 そう言ってお兄ちゃんの手を取り、汽車のホームに向かう。
 繋いだ手からはお兄ちゃんの温もりが伝わってくる……。
 やっぱり私はお兄ちゃんが大好き。妹とお兄ちゃんの『好き』じゃなくて、お母さんがお父さんのことを好きだったみたいにお兄ちゃんのことが大好き。
 今回お兄ちゃんが札幌に来るって分かった時から、この気持ちを伝えようって決心したんだ。だから勇気を出してお兄ちゃんに告白するんだ。
 

 12月31日。時刻は23時45分を回ったところだ。
「はぁはぁ……」
 私は息を切らせながら大通公園で行われているイルミネーション・カウントダウンの会場に向かって走っている。
 いざイベントに参加するとなると、やっぱり恥ずかしくなって戸惑ってしまった。そのため、待ち合わせの時刻を大幅に過ぎてしまった。お兄ちゃん、待っていてくれるかな……。
 23時55分。ギリギリで会場に到着した。
 急いで周囲を見渡し、お兄ちゃんを探す……。いた!! 寒い中、ずっと私を待ってくれていたんだ……。
「お兄ちゃん、来たよ!」
「琴梨ちゃん……」
 お兄ちゃんは私を見つけると優しく微笑んでくれた。
「さあ! いよいよ今年最後の大イベント! イルミネーション・カウントダウンが始まります。みなさん、準備はいいですか! 画面正面にあるディスプレイにご注目下さい」
 司会の男性がカウントダウンの体勢に入る。
「10! 9! 8! 7!」
 会場の至るところからカウントダウンの号令が響き渡る。
 私はゆっくりと目を閉じた……。
「3! 2! 1! ハッピー・ニューイヤー!!」
 二人の距離がゼロになる。重ねた唇からお互いの気持ちが伝わってくる……。
 それと同時に一斉に花火が打ち上がった。
 新しい年が始まる……。
 これからはどんなことがあっても二人で一緒に歩いていくんだ。大好きなお兄ちゃんと一緒に……。
 だからもう少しだけこのままお兄ちゃんって呼ばせてね。なるべく早く名前で呼べるように頑張るから……ね、お兄ちゃん!!


Fin

サンタのいないクリスマス.jpg

あとがきという名のいいわけ

 皆様、こんばんは。sayです。
 いきなり言い訳なのですが、このssは本来ならクリスマスに更新しようと思っていたのですが、前回の薫&スオミのクリスマスssに苦戦してしまい、断念したssです。
 ですが、何とかして形にしようと思い、元旦早々から頑張って書いてみました。
 今回は、「サンタのいないクリスマス」の歌詞からイメージして書かせてもらいました。
 琴梨のお話なのですが、実はどういうわけか今まで北へ。ssを書いていて琴梨のssを書くのは初だったりします(笑)
 何といいますか、琴梨というと、北へ。の中で最も重要なヒロインだと思うんですよ。おそらく北へ。作品の中で一番初めに生まれたキャラだと思うんです。ですから軽い気持ちで書いたら失礼なような気がしてずっと書けずにいました(どのヒロインに対しても軽い気持ちはダメですけどw)。
 でも書きたいという気持ちはずっとあったんですよね。それプラス、昔からサンタのいないクリスマスの歌詞で話を作りたいと思っていたので、今回思い切って琴梨ssを書かせていただきました。
 イメージ的には原作通り、夏休みに久しぶりに主人公に出会い、自分が主人公に特別な想いを抱いていることを知り、冬までの離れている期間に自分の気持ちを再認識し、年末に再開し、ゲーム通りに札幌デート、函館デートの後、イルミネーション・カウントダウンに参加する、といった感じです。
 今回のssには書かれていませんが、イルミネーション・カウントダウン前の札幌デート、函館デートはゲームの内容通りだと思っていただければ幸いです。
 後半のセリフは敢えてゲーム内のセリフをほぼそのまま使用させていただきました。
 ちなみに個人的に大好きな「ガイドは私、春野琴梨です」というセリフも使わせていただきました。
 あ、言い忘れました、皆様明けましておめでとうございます! 今年もゆっくりペースではありますが、北へ。に関する作品を書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します。一緒に北へ。を去年以上に盛り上げていければと思います。
 今後より良いssを作っていくためにも、感想やダメ出しなどいただけるとありがたく思います。読んでくださる皆様あってのssです!
 それではどうか今年も皆様にとって良い年になりますように……。


2021.1月 say

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