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北へ。アンソロジー

​<これが私の生きる道>

<これが私の生きる道>

「お父さん、車直らないの?」
 不安そうに少女が尋ねる。少女の父親が運転する車はエンジントラブルで動けなくなっていた。山道のため通りがかる車もなく、おまけに外は猛吹雪……。
 どれくらいこの場所に留まっていただろうか? 寒くて、怖くて、それなのに身体は正直でこんな状況なのにお腹だって空いてきて……。
 10歳の少女にとっては耐え難い状況がさらに続いた。猛吹雪のため、車から降りて山道を下るのは無謀と言わざるを得ない状況だ。
 少女の父親は車のクラクションを鳴らし続け、いつ来るとも分からない助けを求め続けた。
 それから程なくすると、向こう側からこちらに向かってやって来る車のヘッドライトの光が私達を照らした。偶然クラクションを聴きつけて1台のジープが私達の車の隣までやって来た。その車から降りてきた男性の格好を見て、その人が自衛官であることが少女にも理解できた。
「良く頑張ったね。もう大丈夫だよ」
 若い自衛官の男性は少女にそう言って微笑むと、暖かい毛布と暖かいココアを差し入れてくれた。
―――♪♪♪!!!
 その時、脳内に起床ラッパの音が鳴り響いた……気がした……。
「うわっ!!」
 私は勢い良く飛び起きた。夢か……。
 時刻は朝6時ピッタリ。夢の中で鳴り響いた起床ラッパだったはずなのに6時丁度に目が覚めるなんてもはや職業病だ。
「はぁ、何だかんだ言っても身体に染み付いてるんだよね……」
 両手を伸ばし、大きく伸びをしながら身体をほぐす。
 随分と昔の夢を見たような気がした。夢の中の香月曹長、若かったなぁ。
 香月曹長……。現在は階級はもっと上になっているのだけれど、私の中では曹長がしっくりくるのだ。私の初恋の人……。あの人に出会っていなければきっと今の自分はいない。
 千歳航空自衛隊第2航空団司令部広報室所属、階級は3等空曹。それが私、桜町由子の職場と地位だ。正確には元職場といった方が正しいかな。
 高校卒業後、私は自分の憧れだった若かりし頃の香月曹長のようになりたくて航空自衛官となった。そして偶然にも私の所属した千歳航空自衛隊で香月曹長と再会したのだ。その再会は涙が出るほど嬉しかったのを覚えている。その頃の私はこれは運命だと思っていたんだよね……。だけど、歳が離れていたし、香月曹長は昔の私を覚えているような感じはなかったので、最後まで胸の内を伝えることは出来なかった。
 余談だけど、その後香月曹長は当時の私のひとつ下の19歳の後輩と結婚したのだ。私の我慢は何だったんだ! って感じよね。今となっては良い思い出だけど……。ま、初恋は実らないって言うしね。
 数年前、私は大好きだった自衛官の仕事を退職した……。念の為言っておくと、別に失恋したからとか、居辛くなったからって訳ではない。
 自衛官と言う仕事は大好きだったし、何よりやり甲斐があった。身体を鍛えながら仕事ができ、さらには人の役にも立てるのだから一石二鳥どころの話ではない。
 じゃあ何故辞めたのか……答えは簡単。それ以上にやりたいことが出来たから……。
 優子―――。これが私の世を忍ぶ仮の姿……。
 な~んて言うと大げさだけど、要はペンネームやハンドルネームみたいなものだ。ってただ名前の由子を優子に変えただけなんだけど(笑)
 自衛官だった当時、隊の中でノートパソコン、正確にはメールが流行った時期があった。
 ノートパソコンでメールをしていた際に使用していたハンドルネームが「優子」だったのだ。
 そもそもメールを始めたきっかけは、メールだと個人が特定しづらいので普段言えないようなことでも言葉(文字)にして伝えることができると思ったからだった。香月曹長に私の気持ちを伝えたい、でも恥ずかしい……。そこで生まれたのがこのハンドルネームの「優子」だ。由子と優子。漢字は違えど読み方は同じ。気付いて欲しいような気付かれたくないような……。そんな揺れ動く乙女心から生まれた名前かもしれない……あ~、何らしくないこと言ってるんだ私は!! 
 ともあれ、今の私は自衛官を辞め、フリーのジャーナリスト、優子として活動をしている。大好きなバイクに跨り、大好きなカメラを持って、大好きな北海道の特ダネを探して走り回っているのだ。もちろん場合によっては内地の方まで足を伸ばすことだってある。
 ジャーナリスト……。それは新聞や雑誌、最近ではインターネットなどのあらゆるメディアに情報を提供することが仕事だ。
 そもそもどうしてジャーナリストになろうと思ったのか? 答えは簡単。本当のことを知って伝えたいと思ったから。
 今の時代、携帯を開けば知りたい情報はあっという間に調べることができる。流行りのカフェ、電車の時間、話題のニュースなどなど……。
 だけどその情報は、必ずしも本当のことだとは限らない。間違って掲載されたものや、自分はそうだと思い込んでいたけど実際のところは違っていたという情報もあるだろう。それならまだ良いのだけれど、中には偽りの情報だと知っていながら改竄して虚偽の情報を流している事だってあるのだ。間違ったことや、筋の通っていないことが大っ嫌いな私にとってはそれが何より許せないのだ。
 だったら自分で調べて本当のことを記事にしてやろうと思ったのがジャーナリストになろうと思ったきっかけだった。
 我ながら凄く単純極まりない理由だと思う。けど後悔は全くしていない。だって私らしいもの。
 そんなことを考えていると携帯電話が鳴った。携帯の画面には見知った名前が表示されていた。通話ボタンを押し、携帯電話を耳に当てる。
「は~い、ゆきちゃんだよ。優子さん、今日の予定は10時で良かったよね?」
 弾むような明るい声が携帯から聞こえてきた。
 ゆきちゃん……彼女のハンドルネームだ。本名は里中梢。歳は3つ下だと記憶している。
 彼女との初めての出会いは(実際には会ってはいないが)彼女がまだ高校2年生だった頃に遡る。ノートパソコンを買って間もない頃、香月曹長に私の胸に秘めた想いを打ち明けようと決心し、彼のノートパソコンにメールを送信した……はずだった……。
 後に分かったことだが、香月曹長はノートパソコンは所持しておらず、当然香月曹長のメールアドレス自体も存在しなかったのだ。結論から言ってしまうと、私の迷子のラブレターは全く関係のない別のアドレスに送信されていたのだ。不運にも? そのラブレターを受け取ってしまったのが、「ゆきちゃん」だったのだ。
 それからというもの、私とゆきちゃんは性格は全く違えど、お互いに共感できるところもあり、いわゆるメル友という仲になった。そしてその関係が現在も続いているというわけだ。もちろん今はメル友というだけではなく、実際にも何度も会っているので友達、正確には友達以上の存在に昇格している。だけど今でもお互いの呼び方はメールでやり取りをしていた頃と同じで「優子」と「ゆきちゃん」なのだ。ま、私の場合は漢字が違うだけで本名なんだけど……。
 彼女、里中梢は俗に言う、オタクという人種で、趣味はゲームやコスプレ、パソコンにも詳しい。その趣味や特技を活かして現在は札幌に自分の会社、「Yuki’sふぁくとり~」を立ち上げてゲームの製作や、キャラクターデザイン、コスプレ用の衣装製作と、多岐にわたって活躍しているのだ。
「そうそう10時だよ……ってこのやり取り3回目だよ? だからちゃんとメモを取りなさいって言ってるじゃん」
「アハハ……ごめんごめん。次からは気を付けるって。それよりこの間の件だけど、ちゃんとウラは取れた??」
 気のせいか、ゆきちゃんの声が弾んで聴こえる。
「あ~、あれね、バッチリだよ。やっぱり私の読み通りだったよ。ゆきちゃんのおかげで証拠も掴めたし、今はそれを文字に起こしてるところ」
 私がゆきちゃんを友達以上の存在と言った理由……それは、彼女の特技でもあるパソコンを用いての情報収集能力にある。
 私はどちらかと言うと、基本的には足で動いて自分の目で見て物事を判断するタイプだ。それに対してゆきちゃんは様々なネットワークを駆使して情報を収集するのが得意なのだ。ネットワークというのは人脈であったり、パソコンでの情報収集であったりと様々だ。そういったネットワークを駆使して得た情報をゆきちゃんは私に提供してくれるのだ。その情報を元に私は得意の足を利用してバイクであちこち飛び回り、その情報が真実かどうかを自分の目で確かめ、真実だけをジャーナリスト、優子として世に発信しているのだ。私がまだ駆け出しの自称ジャーナリストだった頃はゆきちゃんの情報に良く助けられたものだ。
 そんな理由から私はゆきちゃんのことを友達以上の存在、パートナーだと思っている……。もちろん仕事のことを抜きにしたって今では親友だと思っている。恥ずかしいから面と向かっては言わないけれど……。今となっては本当に間違って出したメールに感謝だね。
「そっか~、良かった。お役に立てて何よりだね。早く完成するといいね! わたし、優子さんの記事いつも楽しみにしてるんだから」
「ありがと、凄く励みになるよ。でもその前に今日のお仕事を片付けなくちゃね。何たって今日はYuki’sふぁくとり~の若手女社長の素顔に迫る独占密着取材だからね!」
 そう、今日の私の仕事はYuki’sふぁくとり~の社長である里中梢にインタビューをすることなのだ。私は月刊「North Photo Gallery」という北海道の情報誌に連載を持たせてもらっている。今回のインタビューは再来月掲載予定のゆきちゃんこと、里中梢のルーツに迫る特集となっているのだ。
「普段はあんまり取材とかは受けないんだけど、他でもない優子さんの頼みだから特別にOKしたんだからね。あ、そうそう、とっておきのコスプレ衣装も用意したから綺麗に撮ってね!」
 正直無事にインタビューが終えられるのか少し不安でもある……。
「もちろん写真も撮るけど、ちゃんと特ダネも用意しておいてくれるんでしょうね?」
「任せて! 初公開のネタを用意してるからバッチリだよ!」
「それってちゃんと掲載できるネタなんでしょうね!?」
 やっぱり不安だ……。
「とにかく、今からそっちに向かうからおとなしく待ってなさいよ。前みたいにバックレたら許さないからね!」
 通話終了ボタンを押し、慌てて携帯電話をポケットに押し込むと、愛用している一眼レフを鞄に入れ、バイクに向かう。私にとってゆきちゃんがパートナーなら、愛用している一眼レフと大型のアメリカンのバイクは相棒ってところだろうか。かなり年季の入ったバイクだけど、定期的に欠かさずメンテナンスはしているので調子は良好だ。
 バイクでもカメラでも、何でも最新の物が必ずしも優れているとは限らない。もちろん性能は向上しているだろうけど、年季の入った愛用品にはそれにしか出せない味があるのだ。魂が宿るとでも表現すればいいだろうか……。
 私は時々初心に立ち返るためにコンタックスG1で写真を撮ることがある。
 最新のデジカメはもちろん言うまでもなく、最新なのだから機能や性能は申し分ない。それに比べると、コンタックスG1は今となっては時代遅れもいいところだし、画質や性能も遥かに劣る。しかもデジカメとは違い、フィルムなので現像するまで撮った写真の確認が出来ないのだ。言わば一発勝負なのだ。それ故に撮りたいと思ったものをレンズ越しに覗き込み、シャッターを押すその瞬間まで気を抜かず、集中力を切らせてはいけない……。そうして切り取ったシーン(出来上がった写真)を見て一喜一憂するのだ。デジカメのようにその場で出来上がりを確認し、納得がいかなければ取り直しをするということが出来ないコンタックスG1から私は、その日、その時がいかに大切かということを学んだように思う。だからその思いを忘れないように、私は時々コンタックスG1を手に取るのだ。
 バイクに跨るとキーを差込み、エンジンに火を入れる。ドドドドドと重低音がお腹に響いてくる。この感覚がたまらない。
「う~ん、今日は絶好のバイク日和!」
 両手を伸ばし、大きく伸びをするとヘルメットを被り、ゴーグルを付ける。
「さぁ、今日もバッチリ良い仕事するからね!」
 自分にそう言い聞かせるためわざと声に出してみる。クラッチを握り、ミッションをニュートラルから1速に放り込み、スロットルをゆっくり開けていく。
 バイクは徐々にスピードを上げ、目的地である札幌の市街地に向けて走り出した。
 私は元航空自衛隊員、桜町由子。今はジャーナリストの優子。どっちの私も紛れもなく私! 自分の気持ちに従ってやりたいことをする、これが私の生きる道!!


あとがきという名のいいわけ

 皆様、こんばんは。sayです。今回は初めて由子さんのssを書いてみました。
 が、今回は(毎回かな?)賛否両論あると思います。由子さんといえば航空自衛隊! にも関わらず退職しちゃってますからね……。
 実はこのジャーナリストへの転向というのは以前から考えていた案でした。少しネタバレになりますが、現在超スローペースで書かせてもらっています「夕焼け堂のターニャさん」にこの設定を使おうと考えています(実際採用するかはまだ未定ですが)。
 そんなわけで、由子さんはジャーナリストに転向されましたw
 それはさておき、今回このssを書くきっかけを下さったのは、ツイッターでフォローさせていただいている葉沢さんのおかげです。
 ことの始まりは、以前からイラストでお世話になっている葉沢さんに何かお礼をしようという、我がマスターである嘉麟さんの提案でした。そこで、自分に出来ることは何か? と考えた結果がssでした。
 日頃のお礼を込めて、葉沢さんの好きなヒロインで、好きなシチュエーションでssを書かせて下さいとメッセージを送らせていただきました。
 その結果、快くお受けしてくださいました。そしていただいたミッション(笑)がこちらでした。
・    ターニャが小樽or北海道をぶらぶらする話
・    由子さんの小説はあまり見かけないので読んでみたい
・    北へキャラが当時のチャットやネットなどの世界で絡む

 簡単に挙げると上記のような内容でした。
 ターニャに関しては今後も「夕焼け堂のターニャさん」などで書くことが多いだろうと考え、今回は由子さん+ネット案を採用する方向となりました。
 その結果が今回のssというわけです。
 設定としてはお察しのとおり、九頭竜先生の小説、北へ。いつか出会うあなたに……。です。
 小説内では由子と梢は、由子の間違いメールが原因でメール友達となっています。その設定をお借りして、今回のssをイメージさせていただきました。そのため、由子も梢もWIの主人公には出会っていないという設定で書いています。もしかしたらこんな展開もあったんじゃないかな? と妄想して書かせていただきました。
 ssには登場していませんが、梢の会社、「Yuki’sふぁくとり~」は札幌の市街地の某ビル内にあります。そのビルの所有者は寿商事(だったかな?)の社長である風祭こと、けあふりぃさんですわw
 このビルの数階を借りて梢はYuki’sふぁくとり~を経営しているのです。従業員には蒼き月の夜さんもいることでしょう。もうめけめけだなw
 とまぁ、想像しやすい設定となっています。
 今回このssを書くにあたって、由子さんという初めて動かすヒロインだったため、力不足なssになってしまったかもしれません。ですが、新たなヒロインssに挑戦出来る機会にもなったので葉沢さんには感謝です。この場をお借りしてお礼申し上げます。日頃のお礼ssと言っておきながら逆に感謝しっぱなしですw
 ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございました。皆様あってのssです。感想、ご意見、ダメ出し等いただけると泣いて喜びます。今後ともどうぞよろしくお願いします。
 ではまた次回のssでお会いしましょう。


 2022.7月 say

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