top of page

​寄稿SS保管庫

​<朝焼けの色を歌って>

 ※この未公開版:小樽エンドは、Chapter1までは同時に寄稿した一般公開版:飛行機エンドと同じですが、Chapter2の展開が異なっています。
 本来はこちらが先に完成したバージョンでしたが、当時は完成後に思うところがあって飛行機版に差し替えて公開しました。
 その理由は、このページの最後の後書きに書かせて頂きました。
 公開順的にも飛行機エンド版を先に読んだ後にこちらを読んで頂けたらと思います。
 両者の違いも含めて楽しんで頂けたら幸いです。

<chapter2>~未公開版:小樽エンド~

 二人が新千歳空港に着いたのは、日付が変わるまでそう間もない時間だった。
 ウラジオストクからの航空便が、ストライキで離陸時間を大幅に過ぎてしまったのだ。
 進次(しんじ)は千歳からそのまま東京に帰る予定だったが、最終便が離陸してしまったため、北海道で一泊することになった。
 どうせ一泊するならと、進次は最終電車でターニャといっしょに小樽まで行くことにした。
「本当に小樽まで来て大丈夫ですか?」
 ターニャが心配そうにたずねてきた。
「うん。今さらこのへんや札幌に泊まってもいっしょだしね。だったらターニャと少しでもいっしょにいたい」
「ありがとうございます。本当は私も少しでも長く進次さんといっしょにいたかったです」
 二人は手をつないで、人もまばらな快速エアポートに乗り込んだ。
 札幌で快速エアポートから函館本線に乗り換えて小樽へ。
 二人は汽車の中でたくさんお喋りをした。
 バスの中、待ち時間、飛行機の中、たくさん喋った。
 それでも、二人のこれからについての話題が尽きることはなかった。
 そして気が付けば、あっという間に小樽に着いてしまった。

 二人は小樽駅に降り立った。
 日付はすでに変わり、外はすっかり夜の闇が支配していて、街灯が申し訳程度に点いているだけだ。
「もう小樽に着いちゃいましたね。やっぱり日本の鉄道は優秀です」
「本当に優秀すぎるよ」
 そこで二人の会話が途切れた。
 沈黙が二人を支配する。
 その中で、進次の頭を昨日と今日のことが次々と通り過ぎていった。
 このたった二日で、今までに知らなかったいろいろなことを知った。
 そしてその隣には、いつもターニャがいた。
 このままターニャと別れたくない。
 進次は強くそう思った。
 進次は今年から高校三年、本格的に受験勉強が始まり、夏休みや冬休みにまた小樽に来られるとは限らない。
 そう考えると、ターニャと出会ったこの街で、もっといっしょにいたかった。
 だから進次の口は、自然とこう告げた。
「あのさ、いっしょにホテル、泊まらない?」
 それを聞いて、じっと進次を見つめていたターニャの白い顔がみるみる赤く染まっていく。
 手を胸の前でせわしなく動かして、ついにはうつむいてしまった。
「あ、あの……それってどういう……」
 そのターニャの紅潮した顔と動揺した声で、進次は自分の言葉の重大さに気が付いた。
「あっ! ホテルってそういう意味じゃなくて、ただいっしょにいようっていうか、このまま別れるの寂しいなっていうか、そのなんていうのかな~!」
 進次はとにかく言葉をまくし立てて、必死に弁解をした。
 不純な気持ちがあったわけじゃなく、ただいっしょにいたい、進次にとっては本当にただそれだけだったから。
「も、もちろん、このまま帰ってもいいよ? いろいろあって疲れてるだろうしさ」
 このままターニャが帰ってもそれは仕方ないことだ。
 ターニャの住む運河工藝館の寮は駅から目と鼻の先なのだから。
「わかりました」
 やっぱり。
 進次の心に落胆が広がる。
 男と二人でホテルに泊まるなんてそんなことできるわけがないと。
「行きましょう、ホテル」
 進次は一瞬耳を疑った。
 思いもしない答えが返ってきたからだ。
「えっ? で、でも、いいの?」
 進次は、自分でも声が上ずっているのがわかった。
 ターニャは赤いままの顔でうつむきながら、でもしっかりと返事をしてくれた。
「はい。私は進次さんを信じていますから。それに私もまだ進次さんといっしょにいたいんです」
 その答えは、男としてはちょっと残念でもあった。
 だがそれ以上に、大好きな女の子から信頼されている、そのことが進次にはうれしかった。
「僕はターニャが嫌がることは絶対しない。約束する。だから……ありがとう」
「いえ、私も進次さんといっしょにいたいのは同じです。こちらこそ……ありがとうございます」
 それっきり二人は喋らなかった。
 それでもしっかりとお互いの手を握り合っていた。
 そして二人は坂を下って、ゆっくりゆっくり小樽運河の方向へと歩いていった。

 ザアァァァ
 進次は熱いシャワーを頭から浴びた。
 まだ信じられなかった。
 ターニャといっしょにホテルの同じ部屋にいるということが。
 ターニャには先にシャワーを浴びさせた。
 だからここを出れば、そこにはすぐにターニャがいて、あとは寝るだけである。
 そう思うとなかなか出る勇気が出なかった。
 体もいつもより念入りに洗ったし、ついでに歯も磨いてしまった。
 もうすることは何もない。
 進次は覚悟を決めて、シャワー室から出ることにした。
 お湯を止めて、体を拭いて、備え付けの浴衣を着て、ドアノブを回した。
 出ると、ターニャは自分のパジャマを着て、ちょこんとベッドに腰掛けていた。
「あっ、進次さん。も、もう出ていたんですね」
 ターニャの声も、やはりどこか緊張の色がある。
「う、うん」
 それっきり、気まずい沈黙が訪れた。
「今日は遅くなったし、疲れてるだろうから……も、もう寝ようか?」
 沈黙に耐え切れなくなって、進次のほうから言葉を出した。
「そ、そうですね。寝ましょうか」
 それだけ言って、二人とも自分のベッドに入っていった。
「じゃあ、電気消すよ?」
「あっ、はい……」
 進次がベッド脇のスタンドの紐を引っ張った。
 パチンッ
 その音とともに、部屋は闇に包まれた。
 ベッドの下の非常灯と、カーテンの隙間からわずかに見える運河の街灯だけが光となった。
 聞こえるのは、ときどき外を走る車の音だけ。
 ちらりと横に目をやるが、布団に入ったターニャの黒い影しか見えなかった。
 心臓が高鳴ってきた。
 体が疲れていたが、目は冴え渡ってとても眠れそうになかった。
 このまま寝てしまっても後悔しないだろうか?
 もっとターニャに触れていたい。
 進次は自問自答し、そして意を決した。
「ターニャ、起きてる?」
 思い切って声をかけてみた。
「はい。なんだか眠れなくて……」
 ターニャの声は心なしか、さっきよりも緊張しているようだ。
 進次は思い切って、言葉を出した。
「あ、あのさ、こっち来ない?」
「それって……」
「……僕の、ベッドで……いっしょに、寝ない?」
 断られたときのことや承諾してくれたときのことは、進次の頭の中ではなかった。
 あるのは、来て欲しい、ただそれだけだった。
 ターニャから返事は来ない。
 でも進次は来てくれと願いつづけた。
「はい……」
 それだけ言うと、ターニャはゆっくりと自分のベッドから出てきた。
 信じられないうれしさがこみ上げてくる反面、その分だけ心臓は鼓動を早め、それだけで進次は死にそうな気がした。
 進次はターニャが入りやすいように体をずらして、布団をまくった。
「失礼します……」
 その声とともに、うっすらとターニャの顔や体が見えてくる。
 そしてその華奢な体がすっぽりと布団で包み込まれた。
 しかし、緊張のせいか遠慮しているのか、ベッドの際から進次のそばに近づこうとはしない。
 それでも、息のかかるような距離にターニャがいるかと思うと、もうどうしていいのかわからなくなる。
 抱きしめたい、でもそこまでして自分のわがままをターニャに押し付けることにはならないか。
 今日何回目かの自問自答をしていたら、頭がグルグル回ってきた。
 そのとき、ターニャのほうから進次に寄り添ってきた。
「タ、ターニャ!?」
 突然のことでしどろもどろする進次に、ターニャが小さくつぶやいた。
「私、卑怯ですよね」
「えっ?」
「二人のことなのに、今日はみんな進次さんに決めさせてしまっています」
「それは僕がターニャといっしょにいたいから、わがまま言ってるだけで……」
「いっしょにいたいのは私もいっしょです。それなのに私は進次さんの言葉を待ってるだけなんです。フェアじゃないですよね」
 ターニャは進次の浴衣をきゅっと握った。
「こうして進次さんといっしょに触れ合っていたいとも思っていたのに……」
 進次はターニャの肩にそっと手を回して、優しく引き寄せた。
「うれしいよ。ターニャが僕と同じこと、考えていてくれて」
 ターニャがその声を聞いて、進次を見つめてきた。
「でも、ごめんね」
「ど、どうして謝るのですか!?」
 ターニャが心配そうな声を上げた。
「だって自分のことばっかり考えて、ターニャのそんな気持ちに気づいてあげられなかった」
「そ、そんな……謝らないでください」
「だからさ、これからはお互いの気持ちを隠さないでいよう。これからはそういう仲になろう」
「はい。私も進次さんとの間に隠し事なんてしたくありません」
 進次とターニャの視線が真っ直ぐに絡み合う。
 そして二人は、優しく、熱いキスをした。

 優しい光が見える。
 それに気づいて進次が目を開けると、カーテンの隙間から朝焼けの欠片が見えた。
 進次の隣には、かわいい寝息をたててターニャが寝ている。
 ターニャを起こさないように、進次はそっとベッドから抜け出して、カーテンのかかる窓の前に立った。
 カーテンの隙間をちょっとだけ広げると、朝焼けに染まる小樽運河が目に入る。
 紺と紫とオレンジのコントラスト、それは美しい景色だった。
「進次さん?」
 後ろから声をかけられて振り向くと、ターニャがこちらを見ていた。
「あっ、ごめん。起こしちゃったかな?」
「いえ、大丈夫です。何を見ているのですか?」
「朝の小樽運河をね」
 その声にターニャが毛布にくるまりながら、近づいてきた。
 進次は小樽の街が見やすいように、大きくカーテンを開けた。
「わぁ、綺麗な景色ですね」
 ターニャが感嘆の声を上げた。
「これが私の住む街の、一日の始まりの色なんですね」
 ターニャが目を輝かせて、街を眺めている。
「小樽に住んでから5年になりますけど、こうやって朝焼けを眺めたのは初めてのような気がします」
「僕も朝焼けなんてしっかり見るのは初めてかもしれないな」
「まだまだこの世界には私たちの知らないことで溢れていますね」
 そういったターニャは、自分にかけていた毛布を進次の肩にかけてきた。
 進次はそれを受け取って自分の毛布の中に入った。
 二人で一つの毛布に入る。
 それはとてもあたたかかった。
「進次さん。私、この朝焼けの色をガラスで表現しようと思います。二人で見た一日の始まりの色を……」
 そういうターニャの視線は、運河ではない、どこか遠くを見ている。
「私はツヴェト・ザカータ、夕焼けの赤を表現しようとガラス細工を作ってきました。そして進次さんに出会ってその願いは叶いました」
「ターニャが頑張ったからさ」
「ありがとうございます。でもそれは父の色であって、私の色じゃありません。だから……これからは私は私自身の色を見つけていこうと思います」
「ターニャ……」
「これはその第一歩です。この朝焼けを私と進次さんの色にしたいです……」
 二人は静かに寄り添って、二人の未来を照らす色を見つめつづけた。

 新千歳空港、ANAの出発ゲート前。
 進次とターニャが、向かい合っている。
「お別れ、だね……」
「はい・・・・・・。次に会えるのはいつになるんでしょうね……」
 ターニャの切ない声が耳に入ると、進次の中に熱いものが込みあがってきた。
 春休みが終われば、進次はいよいよ高校三年生だ。
 受験勉強が本格化すれば、バイトは止めなくてはいけないし、夏休みだって自由に使えなくなってしまう。
「正直、わからない」
 進次は本当のことを口にした。
 隠し事はしない、そうターニャと約束したから。
 ターニャもそれはわかっていたのかもしれないが、いざ声に出されるとやっぱり寂しさが顔に広がっていった。
「寂しいです。でも私、我慢します。進次さんの未来のためですから」
「きっとこっちの大学に入るよ。そうすればターニャとの距離がぐっと近くなるし、もっともっと会えるようになるから」
「うれしいです。私、応援します。頑張ってくださいね!」
 その二人の目にあるのは、未来を願う輝きだけだ。
「――ANAから搭乗時刻のご案内です。ANA、東京羽田行き……」
 進次の乗る飛行機の発車時刻が迫ってきた。
 二人はもう一度だけ軽い抱擁をして、唇を重ねた。
 周りの目も全然気にならなかった。
「それじゃあ、行くよ」
「はい」
「今度会うときはもっと逞しくなって、ここに来るよ」
「私ももっと綺麗になって待ってます」
 そして二人は笑いあった。
「ダスビダーニャ、ターニャ!」
「ダスビダーニャ、進次さん!」
 一時の別れの挨拶を交わして、進次は出発ゲートへと入っていった。
 そのとき最後にターニャの姿を見たら、彼女の目が何かに反射して輝いたことに気が付いた。
 そして自分も視界が少しゆがんでいることを。
 しかし進次はぐっとこらえた。
 これから自分がすべきことは、涙を流すことではなく、未来のために生きることだから。
 それはターニャと生きていくために必要なこと。
 進次がこの旅を終えてわかったことだ。
 ターニャのために強くなろう。
 進次はその優しい激動を胸に、北の大地を飛び立った。

~Fin~

 <あとがき>

 こちらでははじめまして、George Shidenと申します。
 このたびはNorth Photo Galleryのみなさまのご厚意で、ターニャのSS「朝焼けの色を歌って」を公開させて頂くことができました!
 一般公開版の前書きにも書いたように、以前に別タイトルでインターネット上で公開しており、平成の終わりにpixivでも公開しましたが、北へ。のファンサイトに乗せて頂くのは初めてなので本当に嬉しいです。
 特に今回は初公開となる未公開版:小樽エンドを世に出すことができ、この機会を頂いて本当にありがとうございました!

 内容はご覧の通り、ターニャ編のエピローグの内容を自分なりに膨らませたストーリーです。
 今までいろんなゲームをやってきましたが、2021年になっても最高に好きなエピローグなんですよね。
 内容的にもそうですし、最後に夕焼けの浜辺で抱き合っている1枚には、ものすごくこみ上げてくるものがありました。
 初めて書いたこの北へ。SSも、先日の20周年記念同人誌に寄稿させて頂いたターニャイラストも、このエピローグがモチーフなので時を越えて本当に影響が大きいです。
 このエピローグから自分が受けたインスピレーションをこういった内容で形にできましたが、読んでくださった方のイメージと近ければいいなと思います。

 さて本作について一般公開版:飛行機エンドと未公開版:小樽エンドの2つがある理由ですが、前書きに書いたように最初に構想して完成したのは小樽エンド版でした。
 ただ小樽エンド版はDimondDustの温子夏編の"特別な夜"以上にそういうシーンが連想できる内容なので、ネットに公開する前の推敲(すいこう)で北へ。やターニャにそういうシーンが合うかと自問自答した結果、当時は合わないかもと思い直して機上で朝焼けを見る飛行機エンド版に急遽差し替えて公開しました。
 改めて読み直してみて、どちらのバージョンにもいいところがあると思いますが、主人公とターニャのやり取りは小樽エンド版のほうが深く描けたかなと思います。
 どちらのバージョンでも本作に対して感想など頂ければ泣いて喜びますので、もしよろしければぜひお願いします・・・!

 余談ですが、今回の寄稿にあたりタイトルを「朝焼けの色を歌って」に変更しました。
 イメージソングは19の「Sing a song」です。今回、日本語にした上でもじってみました。
 ちなみに旧タイトルは同じく19の「やさしい激動」を漢字に変えて「優しい激動」でした。
 タイトルイメージとしては後者はピッタリだと思うのですが、歌詞的には前者なので今回思い切って変えました。
 あと今作でつけた主人公の名前「白浜進次」は、白浜は当SSの冒頭でありゲーム本編エピローグの海岸のイメージ、進次は単純に次に進む、という意味でつけました。

 今回はターニャのSSですし、北へ。の中では一番好きなヒロインなのでターニャに特化して後書きを書いてしまいましたが、北へ。は全てが本当に思い出深い作品です。
 北へ。なくして今の自分がないのは間違いないです。
 そんな大切な作品の20周年記念同人誌に参加できたり、こうして昔のSSを公開させて頂いたり、2021年は北へ。的にとても思い出深い1年になりました。
 これであとは実際に北海道に行って聖地巡礼ができれば最高なのですが・・・。
 1日も早くコロナが落ち着いて、ファンの誰もが気軽に北海道に行ける日が来ることを待ち望んで、筆をおきたいと思います。
 最後になりますが、ここまで読んでくださったみなさま、本当にありがとうございました! スパシーバ!!

 George Shiden

bottom of page