top of page

千歳瑞穂 ~転校編~

<すっきりしない気持ち>

 学校が終わった瑞穂は札幌駅の前を行ったり来たり落ち着きなくフラフラしていた。
 うつむいたままで、足取りは重い・・・。
「何だかこのまま帰りたくない気分だなぁ・・・」
 (悪気は無かったとはいえ、左京さんを怒らせちゃったし・・・。どうしたらいいのかなぁ。あれから声をかけづらくて話もしてないし・・・、もう一度ゆっくり話がしたいな。)
「あう、こうやって考えてたってどうにもならないや。考えるよりもまずは行動だね。捜査の基本は足だよね!?よし、とりあえずこのまま帰るのも何だから、札幌の街並み探索を兼ねて何か食べに行こう!」
 瑞穂は駅の中に向かって走り出した。どうやら行き先は決まっているようである。
 きっぷ売り場で切符を買うと地下鉄に向かう。
「うわ~、やっぱり凄いなぁ、我が故郷とはえらい違いだよ・・・。人は多いし、ホームがこんなにたくさんある・・・」
 田舎者丸出しである・・・。
 しかし、瑞穂は周りの目などお構いなしで見る物にいちいち感動する。逆に言うと瑞穂にとって北海道というのはそれほど心が躍る場所だということかもしれない。
「う~ん、この電車でいいのかな?あっ、いけない、わたしとしたことが・・・。北海道では汽車って言うんだよね(笑)。とりあえず乗ってみよう」
 自称“北海道マニア”の瑞穂は北海道に引っ越す以前から様々な旅行雑誌を買い漁ったり、北海道の方言を調べてみたりと北海道に関することは熱心に調べていたのである。
 そのため、実際には行ったことはないものの、北海道の知識だけは人並み以上にあるのだ。しかし、観光地や有名飲食店の情報には詳しくても、実際の所在地などは札幌のどこか、函館のどこかという位にしか分かっていない。それに方向音痴というスキルがプラスされるので目的地に辿り着くにはいつも一苦労である。
 何とか無事に目的地に辿り着け、瑞穂はホッと一息ついた。
 ここは札幌の遊楽街ススキノ。引っ越してきて間もない瑞穂にとっては今日が初めてのススキノである。
「あった、あった。ススキノに来たら絶対見ようと思ってたんだよね。このおじさん」
 南4条通りの交差点付近で瑞穂は立ち止まってネオンを見上げる。瑞穂の目線の先には「NIKKA」と書かれた文字と共にまるでトランプのキングのような人物が描かれていた。
 よく旅行雑誌などでも写真が載っている景色、誰もが知っているであろう、ススキノを代表するシンボルである。
「携帯で写真撮って待ち受け画像にでも設定しようかな?ハハハ、やっぱやめよ。ススキノと言えば、やっぱりラーメン横丁だよね、でもどう行くのかな?我ながら素晴らしい方向感覚・・・。ハァ・・・」
 彷徨うこと20分・・・。やっとのことでラーメン横丁を発見した。
「まさか、目的地を外してこの辺を3週もするとは・・・。さすがわたし・・・。でもその分お腹空いたから今から食べるラーメンはきっとおいしいよね」
 ラーメン横丁というだけあってたくさんのラーメン屋が店を並べている。
 瑞穂は何処に入るか決めれずに今だ迷っている。普通女性が一人でラーメン屋に入ることに対しては抵抗があるようだが、瑞穂に限ってはそれは全くないようである。要するにただの優柔不断である。
「よし、ここに決めた!」
 ガラガラ
 勢い良くドアを開ける(引く)。
 
<偶然、そして縮まる距離>
「いらっしゃい」
 奥から声が聞こえてくる。その声は何処かで聞いたことのある声だった。
 とりあえずカウンターになっているところに移動し、腰を降ろす。
 すると奥から声の主が近づいてくる。
「いらしゃ・・・あっ」
「あっ、やっぱり左京さん」
 二人とも「どうしてここに?」という感じだろうか、驚きを隠せない。ただ驚いているというだけではなく、お互い今日の学校での一件があるため少しギクシャクしている。
「偶然だね。左京さん、ひょっとしてバイト?」
「バイト?まぁそう言えなくもないけど・・・」
「?あっ、ごめん注文だね。よし、おやじ~、味噌ひとつ!」
 瑞穂はカウンターごしに店の主であろう男に向かって言った。
 その言葉を聞くと同時に男が振り返った。
「お、おやじだ~?俺はまだそんな年じゃねぇよ。ったく・・・」
「ご、ごめんなさい。ついノリで・・・。」
「どんなノリだよ、そりゃ。おい、葉野香、この変んなのはお前のダチか?」
「アハハハハ、おやじだってさ。ククク。」
「おい、葉野香~、笑い過ぎだぞ」
 葉野香はよほどおかしかったらしく、腹を抱えて笑っている。
「フフフ、うちのバカ兄貴のことおやじなんて言ったのあんたが初めてだよ。良かったな、バカ兄貴、いや、おやじ・・・。フフ」
「えっ、この人は左京さんのお兄さん?ということは?」
「そうさ、ここ北海軒はうちの店なんだ。で、今は兄貴がここの主人ってわけさ」
「へぇ、そうだったんだ、初めまして左京さんと同じクラスの千歳瑞穂です。最近こっちに引っ越してきました。よろしくお願いします。(この人が伝説の不良かぁ、わたしもそんな肩書き欲しいなぁ)」
 そう言った瑞穂の瞳は何だか輝いているように見えた。
「お、おぅ。葉野香のクラスメイトか。葉野香みたいなのと同じクラスとは嬢ちゃんも運がなかったな」
「何だと、もっかい言ってみろクソ兄貴!!」
「ほんとのことだろうが、無愛想だし、兄貴不幸者じゃねぇか」
「何だよそれ、親不孝者ならまだしも、そんな言葉聞いたことないよ」
「うるせぇ、いちいち文句を言うな、全く・・・、誰に似たんだか・・・。」
 瑞穂は二人の漫才のようなやり取りを興味津々で見ている。観察していると言った方が正しいかもしれない。
 しばらくすると、再び周りは静かさを取り戻した。
「ごめん、恥ずかしいところ見せちまったな・・・」
 葉野香が申し訳なさそうに話す。
「ううん、そんなことないよ。一見、ケンカしてるように見えるけど、何だか二人ともとっても楽しそうに見えたよ」
「あれが楽しそう?フフ、あんたってほんと不思議なやつだよな。」
「えっ、そうかな?普通だと思うけど・・・」
「フフフ、まぁいいや(多分普通じゃないと思うけど・・・)。」
 葉野香自身、兄とのやりとりに本気で怒っている訳ではない。それはおそらく兄、達也にとっても同じことが言えるだろう。お互い素直じゃない性格なので心配しているつもりでも声に出すとつい文句や嫌味になってしまうのだ。いわゆる照れ隠しなのだろう。
「そういや、その・・・、屋上では悪かったな。怒鳴ったりしてさ。せっかく心配してくれたのにキツイこと言ってさ。こんなだからクラスの奴らともうまくいかないんだよな・・・」
「ううん、こっちこそごめんね。何も知らないくせに余計なことしちゃって・・・。でもわたしは左京さんと友達になりたいと思ってるよ。だからこれからは葉野香って呼ぶことにするね。いいかな?」
「あ、あぁ・・・。いいけどほんとにわたしなんかでいいのか」
「もちろんだよ。こちらこそよろしくね、葉野香。ちなみにわたしの事は瑞穂って呼んでね。あっ、別に千歳だからチーちゃんって呼んでくれてもいいよ」
「いっ、いや、瑞穂でいいよ・・・。」
「もう、照れちゃって・・・。遠慮しなくてもいいのに」
「・・・・・。(そんな問題じゃないよ・・・)」
「まぁそれは置いといて、これからよろしくね。あっ、もうこんな時間だ、しまったぁ」
 何やら瑞穂は右手に巻いている腕時計を気にしている。といっても瑞穂は右利きである。
 普通右利きならば文字を書いたりするのに邪魔にならないように左腕に時計をするのが一般的である。しかし、瑞穂はあえて右腕にしている。特に理由という理由はなく、強いて挙げるなら他の人と同じは嫌だということと、文字を書くときに程よい重さが感じられて書きやすいらしい。
 他人から見ればおかしな理由であるのは間違いないが本人は気に入っているようだ。
「どうしたんだ?何か用でもあるのか?」
 気になって葉野香が尋ねる。
「ううん、そうじゃないんだけど、ちょっと見たい番組があったんだけどね。忘れてたよ。今からじゃ間に合わないよ。録画してくればよかったなぁ」
 ここから瑞穂の住んでいるアパートまではどんなに急いでも30分はかかる。車でならもっと早く行けるのだろうが、電車を待っている時間や駅から歩いて帰ることを考えるとやはり結構な時間がかかる。
「なんだ、それじゃぁ店のテレビで見たらいいじゃないか。別にただ点けてるだけだから好きなチャンネルに替えるとといいよ」
「ほんと?やったぁ、じゃぁお言葉に甘えて。」
 葉野香はテーブルの上に置いてあったテレビのリモコンを瑞穂に手渡した。
「ありがと。え~と、何チャンネルだったかなぁ?」
 瑞穂はとりあえずデタラメにチャンネルのボタンを押していった。
「見たい番組って何ていう番組なんだ?」
 葉野香がいつまでも見たいチャンネルに辿りつけないでいる瑞穂に尋ねる。
「それは見てのお楽しみ~。」
 意味も無く瑞穂はもったいぶって答えた。
「そっか、じゃ、わたしが違う番組見ようかなぁ・・・」
 仕返しに葉野香が悪戯っぽくそう答える。
「あぅ、それはご勘弁を。あっ、これだ。この番組だよ」
 やっとお目当ての番組に辿りつけたようである。
 番組はちょうど始まったばかりらしく、司会のタレントがゲストの紹介をしているところのようだ。
「よかったぁ、今始まったばかりみたいだね」
 瑞穂は瞳を輝かせてテレビに見入っている。まさに真剣そのものである。
「見たかった番組ってこれなのか・・・」
「うん、そうだよ。おもしろいんだよぉ。北海道でしかやってないみたいなんだけど葉野香は見たことある?」
「あぁ、何度か見たことあるよ。こんな番組が好きなのか?」
 二人が見ているテレビとは・・・。


つづく
 

bottom of page