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千歳瑞穂 ~転校編~

<いきなり北へ。お引越し>

 ここは札幌某所のとあるアパートの一室。部屋の中にはいくつもダンボール箱が転がっている。
「ふぅ、やっと一段落したかな?」
 彼女はそう言いながら両手を突き上げ、大きく伸びをする。
「我ながら思い切ったことをしたものだなぁ。まさか北海道まで引っ越してくるなんて・・・。」
 彼女の名前は千歳瑞穂(ちとせみずほ)。もともとは内地の人間なのだが、つい最近北海道は札幌まで引っ越して来たのだ。
 引越しの理由はというと、別に親の仕事の都合とかそういった理由ではなくただ単に本人が北海道に住みたいという理由からである。
 ことの始まりは、以前から自分の苗字が千歳ということだけで北海道に関することならどんなことにでも興味を持ち、「いずれは北海道に住みたい」と思ったのがきっかけである。それをつい最近実行に移したのだ。
 家族は全員内地に住んでおり、瑞穂は札幌で一人暮らしをしていく予定なのだ。ただし、ある程度の仕送りはしてくれるものの、残りの生活費は自分でバイトして何とかするという条件付きである。
 もしそれができない場合は“強制送還”となるのだ。
「明日からはいよいよこっちの高校に転入だな。手続きはすでに済ませてあるし、後は明日を待つばかりね」
 そう言いながら瑞穂はハンガーに掛けてある新しい制服を見つめる。
「明日からこの制服を着るんだね。どんな学校だろうなぁ。ありきたりな表現だけど期待と不安が入り混じってるって感じ?まぁ、明日になれば分かるよね?そうと決まれば明日のために寝るとしますか」
 パチン
 天井の電気のスイッチを消して床に就く。
 翌朝・・・。
「う~ん、今日もいい天気だね。まさに転校日和。今日からはこの制服だね」
 瑞穂は新しい制服に袖を通す。真っ白なシャツにグリーンのベスト、シャツの襟元にはネクタイ代わりに少し大きめのリボン、スカートはおそらく何処の高校にでもあるような感じのスカートである。
「前の学校は普通のセーラー服だったからこういうのって新鮮だな。それにグリーンは大好きな色だからうれしいな」
 瑞穂は鏡の前でくるりと一回転すると、様々な角度から新しい制服に身を包んだ自分をチェックしている。そして、ふと時計に目をやる。
「あっ、そろそろ出ないと遅刻かな?転校初日から遅刻はマズイよね。それでは、いざ出発!」
 そう誰に言うでもなく掛け声をかけ、玄関に向かう。そして立ち止まる。
「うーん、どれにしようかな?よし、これに決めた」
 そう言って瑞穂はハイカットのスニーカーに足を滑らす。
 瑞穂はローファーやブーツといった靴はあまり好きではない。どちらかというと動きやすさや、履き心地重視で選ぶので自然とスニーカー系になってくるのである。その中でも好んでハイカットのスニーカーを履いている。
 カチャリ
 ドアに鍵をかけると勢い良く瑞穂は走り出した。
「よし、今度こそ出発!」
 
<転校初日>
 家を出て数十分、瑞穂は校門の前に立っていた。
「ここが今日から通う高校、猪狩商業高校かぁ。下見でこの前来たけどやっぱり本番は緊張するなぁ」
 瑞穂は両手の掌で頬をパァンと叩き気合いを入れる。
「こうしてても始まらない。いつも通りの出たとこ勝負だ!」
 気持ちを切り替え校門をくぐる・・・。
 教室内・・・。
 朝のホームルームが始まる。
「えー、皆さん、知っている人もいると思いますが今日は転校生を紹介します」
 担任のその一言で教室内が一気にざわつく。
「皆さん、静かに。それでは千歳さん、どうぞ入ってください」
 待機していた瑞穂は教室に入る。そして中央の教台の前に案内される。
「それでは千歳さん、簡単に自己紹介をお願いします」
「皆さん、おはようございます。今日からこのクラスの一員になります、千歳瑞穂です」
 ごくありきたりなあいさつである。そして、大きく深呼吸して言葉を続けた。
「わたしは北海道が大好きです!北海道が好きで転校して来ました。ふつつか者ですがよろしくお願いします」
 一瞬教室内がシーンとなった・・・。その後、ドッと生徒の笑い声が教室の中一杯に充満する。
 (よし、つかみはOKかな?)
「ゴホン、それでは千歳さん、あそこの一番後ろの左京さんの隣りの空いている席を使って下さい」
 すると、先ほどのざわつきとは少し異質なざわめきとひそひそと話す声が聞こえてきた。
 (??どうしたんだろう?)
 瑞穂は指定された席につくと、隣の左京と呼ばれた女性に向かって挨拶をした。
「左京さん、これからよろしくね」
「あぁ」
 そっぽを向いたまま気の抜けた返事が返ってくる。黒い艶のある腰まで届きそうな長い髪、座っているので正確には分からないが背は少し高いめだろうか、瑞穂と同じくらいか少し高いくらいだろう。それに右目には眼帯をしている。
 (うーん、いきなり強敵現る、って感じだなぁ。それにあの眼帯・・・。ケガでもしてるのかな?それとも独眼流伊達政宗のファン?いや待てよ、夏侯惇のファンということも・・・ってあるわけないか・・・。)
 人を寄せ付けないオーラが出ているというか、なんとも話しづらい雰囲気である。
 気まずい雰囲気のまま授業が始まる・・・。
 (これから毎日こんなピリピリした雰囲気のまま過ごすのかなぁ・・・。)
 
<急接近、そして・・・>
 数日後昼休み・・・。
「ふぅ、やっとお昼休みだ~。おべんと、お弁当~」
 瑞穂が鼻歌混じりに呟く。
 と、そこにクラスメイトの女の子が声をかけてきた。
「千歳さん、よかったらこっちで一緒にお昼食べましょうよ」
「うん、ありがとう、今行くよ。ね、左京さんも行こうよ」
 瑞穂は隣りの席の葉野香に声をかけた。
 一瞬、その周辺が急に静かになった。その空気を察知したのか、葉野香はどこかに行ってしまった。
「千歳さん、あまり左京さんと関わらない方がいいよ」
 三人グループの中の一人が千歳に向かって言った。
「えっ、どうして?」
「千歳さんは転校してきたばかりだから知らないだろうけど、左京さんってこの辺ではちょっと有名な不良なのよ。噂じゃ結構悪いこともしてるらしいよ」
「でもそれって噂なんでしょ?見たわけじゃないんでしょ?
「うん、それはそうだけど、それに左京さんのお兄さんってどこかの暴走族のリーダーらしいしね。なんでも伝説の不良って呼ばれてるらしいよ」
 (伝説・・・、ちょっとかっこいいかも・・・。)
「ごめん、わたしちょっと用事思い出しちゃった。ごめんね」
 そういうと、瑞穂は開きかけていたお弁当を再びしまい、ローカの方に姿を消した。
(うーん、何処にいったかなぁ、ここにもいないし・・・。)
 きょろきょろと辺りを見回しながら慣れない校舎を歩き回る。そうしているうちに屋上のドアの前にたどり着いた。
(屋上か・・・。もしかしたら・・・。)
 瑞穂は屋上のドアを開けてみた。
 ギィー。
 少しさび付いて開きづらくなったドアがゆっくり開く・・・。
「あっ、いた。」
 その声でそこにいた葉野香が振り返る。
「なんだ、あんたか?」
「うん、やっと見つけたよ。結構探したんだよ」
 そう言いながら瑞穂は葉野香の隣りに腰掛けた。
「で、何の用だ?」
 相変わらず冷めた口調で葉野香が尋ねる。
「もう、つれないなぁ。別に用はないけどさ、一緒にお昼食べようと思って・・・。隣りいい?」
「良いも悪いももう座ってるだろ?」
「あっ、ほんとだ。ハハ。」
「好きにしなよ(誰もいいなんて言ってないのに・・・。ほんと変わったやつだな)」
「それじゃ、いただきまーす。あっ、左京さんのウィンナー、たこさんだ、かわいい。それ左京さんが作ったの?」
「う、うるさいなぁ、どうだっていいだろ、そんなこと」
 葉野香の顔が少し赤く染まる。それは普段見せる葉野香の表情からは想像できない表情だった。
「あっ、照れてる、照れてる。かわいい~、左京さん。(うん、何だかんだ言っても普通の女の子じゃん。)」
 (確か千歳瑞穂って言ったよな。ほんとこいつといると調子が狂う・・・。)
「ねぇ、左京さん?ひとつ聞いてもいいかな?」
「何だよ、急に?」
「ずっと気になってたんだけど、どうしていつも眼帯してるの?もう初めて会ってから何日も経ってるからケガってわけじゃないよね?」
 瑞穂は意を決したかのように、思い切って聞いてみた。
・・・・・・・。
 (聞いちゃいけない質問だったかなぁ・・・。)
「眼帯の理由?ただ世間を両目で見たくないだけさ・・・」
 そういって黙ってしまった葉野香の顔はどこか寂しそうに思えた。
「今まで何か辛いこととかあったの?もしわたしでよければ相談に乗るよ。」
「フン、わたしにどんなことがあったかも知らないくせに・・・。余計なお世話だよ、わたしはそういう偽善者が一番嫌いなんだよ!見かけで判断して勝手に人の事決め付けてさ。そういう奴らにはうんざりしてるんだよ。」
 葉野香はその場に立ち上がってやや興奮気味に怒鳴った。さっきまでの穏やかな時間が一瞬にしてかき消されてしまった。
 驚きを隠せない瑞穂はどうしていいのか分からずオロオロしている。
 そういった態度が葉野香にとってはさらに腹が立つようである。
「ごめんなさい、偽善者だなんて、わたしはただ・・・」
 必死になって話そうとしている瑞穂の言葉を遮るように葉野香が割って入った。
「もういいよ。あんたもわたしなんかの近くにいるとクラスの奴らから変な目で見られるだけだよ。だから、わたしと関わらない方がいいよ・・・」
 そういって葉野香は屋上を後にした。
 その背中は瑞穂にはとても寂しそうに見えた。


つづく
 

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