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夕焼け堂のターニャさん

​第四話<女性だけのランチタイム>

<女性だけのランチタイム>
 午前中は物品の保管場所や、レジの操作、簡単な接客の方法などの説明に時間を費やした。
 もちろん、一度や二度の説明ですべて覚えられるわけではない。それでも彼女は事あるごとにメモを取り、業務の合間に何度もメモを見直しては教えられた事を実践している。その様子からも彼女の熱意が伝わってくる。
「とんぼちゃん、分からないことは何でも聞いて下さいね。一度にすべて覚える必要はないですよ。焦らず少しずつで大丈夫です。それに、そろそろお昼ですし、一度休憩にしましょうか?」
 一生懸命に動き回っているとんぼちゃんに声をかける。
「ありがとうございます。でももう少しだけいいですか」
 彼女の瞳からも真剣さが伺える。ですが、初日からこのペースでは後が続かないのでは?と少し心配になる……。
「おい、ミニドラ」
 後ろから一ノ瀬君の声がする。
「誰がミニドラですか!あたしは竜田揚げでもなければミニドラでもないです。それになんでミニドラなんですか!?」
 とんぼちゃんがプクっと頬を膨らませて怒っている。
「ドラゴン好きなんだろ?で、お前ミニサイズだからミニドラでいいだろ?」
 一ノ瀬君は真顔で答えた。彼の表情からは真剣に言っているのか、冗談で言っているのか良く分からない。
「だ・か・ら、あたしはとんぼだって言ってるでしょ!」
 そう言って怒る度に、ぴょこぴょことポニーテールが揺れるのが何とも可愛らしい。
「あぁ、じゃあとんぼでいいよ。そんなことより、初日から飛ばし過ぎだ。一生懸命なのは分かる。でもそれじゃ後が続かなくなるのが目に見えてる。もう少し肩の力を抜いて気楽に行きゃいいんだよ」
 一ノ瀬君はまさに私が今彼女に伝えようと思っていた言葉を代弁してくれた。少しぶっきら棒なところはあるけれど、彼女のことを良く見てくれている。一ノ瀬君をとんぼちゃんの指導の担当にしたのは間違いではなかったかもしれませんね。
「とんぼちゃん、一ノ瀬君の言う通りですよ。焦らずゆっくりいきましょう。そういうわけで、お店はしばらく男性陣に任せて、私と一緒に休憩にしましょうか」
 そう言って私はとんぼちゃんを休憩に誘い出した。
「そういうわけで、一ノ瀬君、大和さん、しばらくお店をお願いしますね」

 

ルタオパトス.JPG

 

 三本木坂を下り、堺町通りを北一硝子の方に向かい歩いて行くと、小樽に6店舗あるルタオの中でも最大級の大きさを誇る、ルタオパトスが見えてきた。
 パトスとはギリシャ語で「情熱」という意味で、店舗のロゴには太陽のようなマークが採用されている。
 1階は「ドゥーブルフロマージュ」などの人気商品を取り揃えたスイーツショップになっており、2階はスイーツやパスタなどを食べる事が出来るカフェになっている。
「さあ着きましたよ。ここでお昼にしましょう。今日はとんぼちゃんの初出勤のお祝いに私に御馳走させてくださいね」
 そう言って屋内にとんぼちゃんを案内する。
「え、そんな悪いですよ。あたしなんかのために……」
「そんなことはありませんよ。私はアナタだからそうしたいと思ったのです。それにお互いの親睦を深めるためでもあります……というのは建前で、一緒にスイーツを食べながら女子会ができるお友達が欲しいと思っています。受けてもらえますカ?」
 私は彼女の目を見て、にっこりと微笑んで見せた。
「分かりました。そういうことなら喜んで!それではお言葉に甘えて御馳走になります」
 彼女もにっこりと微笑みで応えてくれた。
 2階のパトスカフェは土曜日ということもあって混雑していたが、運良くすぐにテーブルに案内された。
 席に着くとすぐに店員さんがメニューを運んできてくれた。
「とんぼちゃん、好きなものを注文してくださいネ」
「はい。う~ん、どれにしようか迷っちゃいますね。どれもおいしそうです」
 キラキラと瞳を輝かせながら注文を選ぶとんぼちゃんは何だか仔犬みたいで可愛いです。尻尾がパタパタと左右に揺れているのが見えそうです。
 お互いに注文が決まったので、通りがかった店員さんを呼び止め、注文をお願いする。
「道産豚トロと茸のフェトチーネと、野菜のスープカレーをお願いします。それと、とんぼちゃん?甘いものは好きですか?」
 とんぼちゃんに尋ねる。
「甘いものは大好きですよ?どうしてですか?」
 とんぼちゃんはきょとんとして、私の方を見ている。
「では両方ともケーキセットでお願いします」
 私は店員さんに注文の追加をお願いした。

 程なくして、料理がテーブルに運ばれてきた。
 私はスープカレーを頼んだので、とんぼちゃんの前にはフェトチーネが置かれる。
「それではいただきましょうか」
「はい、ではいただきます」

 

 

スープカレー.JPG
ドゥーブルフロマージュ.JPG

 スープカレーをスプーンにすくい、口に運ぶ。イメージしていたよりも少し辛めでしょうか?だけど嫌な辛さではなく濃厚な味わいで、アクセントにマスカルポーネが添えられているので、少しずつ溶かしながら食べれば味がまろやかになり、また違った味を楽しむことが出来ます。
 野菜カレーと言うだけあって、パプリカ、茄子、かぼちゃ、ゴボウ、人参、じゃがいも等たくさんの野菜が入っていてボリュームがありますが、ヘルシーなので、女性にお勧めかもしれませんね。
 また、スープカレーには珍しく、揚げ豆腐が入っていて、表面のサクサクした食感も面白いです。
 食事を摂りながらお互いのことを話し合う。
「夕焼け堂でバイトをしてみてどんな感じですか?」
「はい、楽しいですよ。あたし硝子細工が大好きなんです。正直、硝子に関する知識とかは全くないんですけど、硝子細工を見てると温かい気持ちになれるんですよ。一生懸命作った硝子職人さんの気持ちが伝わってくるみたいで、あたしも何かでこんな思いや気持ちを伝えられたらいいな、って思います」
 自分の思いを語るとんぼちゃんは真剣そのものだ。
「まぁ、何だかんだ言っても、父さんの影響が大きいんでしょうね。あの人硝子馬鹿ですから。だから娘に硝子のとんぼ玉のとんぼとか名付けるんですよ……全く」
 少し呆れたような口調で話してはいるものの、彼女の表情は穏やかだった。
「確かに日々木さん、硝子大好きですからね。私が運河工藝館で働き始めた頃には既に工藝館の常連さんでしたからね。その頃のとんぼちゃんはまだ小さかったですね」
 そんなことを話していると、食後のデザートのケーキが運ばれてきた。
「ルタオのケーキといえば、ドゥーブルフロマージュですね」
 真っ白い雪が降り積もったような表面に北海道産の生クリームと、オーストラリア産のクリームチーズにイタリア産マスカルポーネチーズの織り成す口当たりの良いレアチーズケーキの層と、コクのあるベイクドチーズケーキの層が魅力的で、口に運ぶと、ふわりとした柔らかい口どけが堪能できる。
「わ、凄く美味しいですね。実は小樽に住んでいながら食べるの初めてなんですよ」
 とんぼちゃんが何とも幸せそうな顔で答える。
「私も久しぶりにいただきましたが、この柔らかい食感がイイですね」
 私達はしばらくスイーツ談義に花を咲かせた。
 そんな時、私のスマホの着信音が鳴り響いた。大和さんからだ。
「もしもし、お二人さん?そろそろ僕達もお腹と背中がくっ付きそうなのですが……?」
 いけない、話に夢中でお店のことをすっかり忘れていました……。
「スミマセン……急いで戻ります!」
「了解。でも急がなくていいから気を付けて戻っておいで」
 どんな時でも私の身体を気遣ってくれる、大和さんらしいです。
「どうしたんですか?ターニャさん?何だか少し顔が赤いですよ?」
「べ、別に何でもないデスヨ?さぁ急いで戻りましょうか?」
 私達はルタオパトスを後にした。

​つづく

 

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