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夕焼け堂のターニャさん

夕焼け堂ターニャさん クリスマス番外編

~クリスマスだよ、全員集合!?~(前編)

注)この小説はクリスマス番外編のため、現在掲載中の「夕焼け堂のターニャさん」の本編とは少し設定が異なる部分があります(とんぼがすでに葉野香と顔見知りである点など)が、一夜限りのクリスマスの奇跡としてご理解いただければ幸いです。

 夕暮れ時が近付き、小樽運河の散策路のガス灯に火が灯りだす。時刻は17時。
 設置されている温度計の電光掲示板には-3.1度と表示されている。辺りはすっかり雪景色で、散策路に施された電飾がブルーに輝きを放ち、真っ白な雪に反射して幻想的な風景を演出している。
 普段なら雪の積もった、歩きにくい歩道や、降り注ぐ雪は北海道民ならあまり嬉しいものではないかもしれない。しかし今日に限っては何だか少し心が躍る、そんな気がした。
 今日は12月24日、クリスマスイヴ……。この日に限ってはホワイトクリスマス、降り注ぐ雪は憂鬱ではなく、ロマンチックに早変わりしてしまう。心なしか、道行く人達もいつもよりウキウキしているように感じる。
 夕焼け堂にもそんな心を躍らせた幸せそうなお客さんがいつにも増して多くやって来る。
 大切な人のためにプレゼントを選んでいる光景を見ていると、こちらまで幸せをおすそ分けしてもらっているようで嬉しい気持ちになってくる。しかも自分が手がけた硝子細工やグラスをプレゼントに選んでくれたと思うとさらに嬉しさは倍増だ。
 私は嬉しそうにプレゼントを抱えて帰るお客さんを見送りながらそんなことを思う。
 時刻は18時に差し掛かろうとしていた。
「それでは皆さん、閉店作業に取り掛かりましょうカ」
 普段の夕焼け堂の営業時間は20時までとなっているが、本日に限ってはお客さんには申し訳ないと思いつつも、早めの閉店とさせてもらったのだ。
「ターニャさん、店内の掃除終わりました」
 と、いつも元気なとんぼちゃん。
「工房の片付けと戸締りも終了しました」
 と、一ノ瀬君。
「二人ともお疲れ様でした。では入り口を閉めますね」
 二人が退出したのを見計らって夕焼け堂の入り口を施錠する。外はすっかり暗くなり、吐く息は白く色付いた。
 程なくして、夕焼け堂の前に1台の車が停車した。
「ごめん、お待たせ。身体が冷えないうちに早く乗って」
 私の夫である大和さんが皆を車へ招き入れる。
「さ、それじゃ出発するよ」
「大和さん、安全運転でお願いしますネ」
「了解。もちろんだよ」
 こうして4人を乗せた車は札幌方面へ向けて走り出した。
 車からはFMノースウェイブの番組が聴こえてくる。
~催馬楽笙子のカプチーノブレイク。改めましてこんばんは、催馬楽笙子です。時刻は18時30分を回ったところ。本日はカプチーノブレイク・クリスマス特別版ということで、5時間の生放送でお送りしています。いよいよラスト30分!ここからはラストスパートで突っ走りますよ~。それではここで1曲笙子サンタからの曲のプレゼントです。川原鮎さんで、「大好き」どうぞ!~
 一時間程車を走らせると、小樽の街並みとは違い、街頭の光が鮮やかな札幌すすきのに到着した。
「わぁ、いつ見てもあのおじさんは目立つなぁ」
 すすきの交差点のシンボルであるニッカウヰスキーの看板を眺めながらとんぼちゃんが呟いた。
「ボ~っとしてたら置いてくぞ、とんぼ」
 素っ気なく一ノ瀬君が言い放った。言葉は素っ気ないものの、きっちりとんぼちゃんを気遣っているあたりが一ノ瀬君らしい。
「分かってますよ、先輩」
 とんぼちゃんはてくてくと一ノ瀬君の後に着いて歩き出した。
 しばらくすすきのの街を歩いていくと、札幌ラーメン横丁に到着した。本日の目的地だ。
 いくつかある店の中から北海軒と書かれた暖簾が掛かっている店のドアを開く。
「いらっしゃい!」
 カウンターの奥からこの店の主である、左京達也の声が威勢よく聞こえてくる。
「よぅ、待ってたよ。むさ苦しいところだけど、入ってくれよ」
 達也に続いてテーブルを拭いていた女性が言った。腰まで届きそうな艶のある黒髪…。彼女は左京葉野香、北海軒店主である達也の妹である。
「むさ苦しいとはなんだ、むさ苦しいとは!俺の店に文句を言うんじゃねぇよ!」
「実際その通りなんだから仕方ないだろ、バカ兄貴」
 北海軒の風物詩である兄妹喧嘩が始まった……。
「まぁまぁ、アナタも葉野香ちゃんもそれぐらいにしておきなさいね。さ、みなさん座って、座って」
 カウンターの奥からもう一人に従業員である達也の妻、清美が優しく言った。二人をなだめるこれもまた、北海軒お馴染みの風物詩である。
「皆さん、相変わらずお元気そうですネ」
 私たちはテーブルに案内され、それぞれに腰を下ろした。
 今日は12月24日、クリスマスイヴということで、達也さんのご厚意で北海軒を貸し切らせてもらい、クリスマスパーティを開催することになっている。
「おぅ、金髪の嬢ちゃんも元気そうで何よりだな」
 達也さんがそう言った瞬間、北海軒のドアが開いた。
「やぁやぁ、皆様お揃いで。千歳瑞穂、只今到着しました~!」
「…………」
 見るとそこにはサンタクロースのコスプレをした瑞穂さんが立っていた。
「悪い、サンタクロースに知り合いはいないよ。今日は貸し切りなんだ。部外者は帰ってくれ」
 冷たくハヤカが切り捨てた。
「ヒドイ!ちょっと葉野香ヒドくない!?せっかくサプライズでコスプレまでして来たのに……。あ、もしかして今のはツンデレのツンの部分で、もうすぐデレの部分が来るんだよね??」
 何やら瑞穂さんが意味の分からないことを言い出した。
「生憎、残念ながらお前にくれてやるデレはこれっぽっちもないよ。っていうか、遅刻だぞ!」
 言葉とは裏腹に優しい口調でハヤカが呟いた。
「ごめん、ごめん。ちょっとこの衣装着るのに時間かかったんだよ。でも可愛いでしょ?」
 ミニスカートのサンタクロースの衣装を身に纏った瑞穂さんがその場でクルりと身体を回転させながら言った。瑞穂さん、その格好のまま家からここまで来たのですね……さすがデス…。
「あ、そうだ、達也さん。前から思ってたんだけど、ターニャだけ“金髪の嬢ちゃん”って肩書きみたいな呼び方するのズルくない?わたしも肩書きみたいなカッコいい呼び方されたいな~」
 またまた瑞穂さんが意味不明なことを言い出した。
「そんなこと言われてもなぁ。別に意識して呼んでるわけじゃねえよ」
 厨房から達也さんが難しい表情を浮かべて言った。
「そこを何とかさ~。ほら、魅力的なわたしを見てたら何か思い付くんじゃないかな?」
「まぁ、強いて言うなら……“アホの嬢ちゃん”…だな」
「ああ、アホだな……」
 ハヤカが隣りでうんうんと頷いた。
「わぁ、何だか漫才を見ているみたいで楽しいですね。先輩もそう思いません?」
 とんぼちゃんが楽しそうに言った。
「そうだな。まぁお前もどちらかというと同じ属性なんだから勉強になるだろ」
 と、一ノ瀬君は含み笑い。漫才はともかく、一ノ瀬君ととんぼちゃんは、ハヤカと瑞穂さんのコンビに少し似ているかもしれないですね。
 そんなことを考えていると、再び北海軒の扉が開いた。
「こんばんは。皆さんすでにお揃いですね」
 ポンポンと肩に積もった雪を払いながら革ジャンにジーンズ姿の男性が入って来た。
「聖慈さん、お帰り。悪かったね、買い物頼んじゃってさ」
 ハヤカが荷物を受け取りながら言った。
「いやいや、これぐらいお安い御用だよ」
 聖慈さんはハヤカに頼まれていた荷物を渡すと、ジャケットを脱ぎながら言った。
「後これ、葉野香に頼まれていた“なると”の半身揚げ」
 テーブルの上にもう一つ袋が並んだ。なるとは知る人ぞ知る、小樽でも有名な鶏料理の店で、若鶏の半身揚げや手羽先ザンギなどが有名である。また、テイクアウトもでき、札幌等にもなるとが暖簾わけをした“なると屋”がチェーン店として店を構えている。
 ちなみになるとは鶏料理の他にも寿司や丼、定食など、様々なメニューを扱っています。
「サンキュー、助かったよ、聖慈さん」
 ハヤカが袋を受け取りながら言った。
「おいおい、鶏ならウチの唐揚げを注文するのが筋ってもんだろ!何で他所で買って来てんだよ!」
 厨房から達也さんが身体を乗り出しながら指摘する。
「何言ってんだ、クリスマスにラーメン注文してくれるだけマシだろ!それに兄貴の作った唐揚げ不味いじゃないか!」
 容赦なくハヤカが言い放った。
「何だと、この野郎!俺だってなぁ、好き好んで不味い唐揚げ作ってるんじゃねぇよ!」
 達也さん、不味いのは自覚しているのですね……。
「まぁまぁ、二人共落ち着いて、ね。私は達也さんの唐揚げ好きですよ?」
 すかさず清美さんがフォローを入れる。流石です。
「清美ぃ~、分かってくれるのはやっぱりお前だけだなぁ……」
「はいはい、それじゃ頑張ってラーメン作りましょうね」
 達也さんは清美さんになだめられながら厨房に戻った。
「よし、皆揃ったし、クリスマスパーティ始めるか!」
「さんせ~い」
 

「ねぇ葉野香、いつの間に聖慈さんとそんなに仲良くなったの?わたしすっごく興味あるなぁ~」
 色々と持ち寄ったものを食べ終え、今回のメインであるクリスマスケーキを食べ始めた頃に、不意に瑞穂さんが言った。
「お、おい瑞穂、急に何言い出すんだよ。ってお前、酔ってるな。誰だよコイツにシャンパン飲ませたの……」
「あ、でもあたしも興味あるな。葉野香さんと聖慈さんの関係」
 とんぼちゃんもこの話に食いついた。
「さすがとんぼちゃん。わたしが見込んだだけのことはあるよ、うん!ドラゴンフライ、いぇい!」
「いぇ~い!」
 瑞穂さんととんぼちゃんがハイタッチを交わす。まるで何かの合言葉のようですね……。
 支倉聖慈(はせくらせいじ)さん、彼はハヤカの知り合いで、一級建築士の資格を持っていて、実は夕焼け堂の補修や、今後予定している計画に協力してくれている、言わば夕焼け堂のサポーターのような存在です。
「これはもう観念するしかないね、葉野香。それに彼女にシャンパンを飲ませてしまったのは僕なんだ。はは……ごめん」
「聖慈さん、まぁ聖慈さんがそう言うなら…」
 ハヤカは観念した様子で話し出した。
「もう何年も前になるけど、その日もこんな寒い日でさ。いつもみたいにバカ兄貴と喧嘩して夜中に家を飛び出したことがあったんだよ。で、飛び出した矢先、家に帰るわけにもいかなくて繁華街をウロウロしてたらガラの悪そうな連中に絡まれたんだ。その時に助けてくれたのが聖慈さんだったんだよ」
 ハヤカは数年前の出来事なのに、今しがた体験してきたかのように鮮明にその頃のことを記憶していた。
「そうそう、そんなことがあったね」
 聖慈さんは優しい表情を浮かべ微笑む。
 不良グループから助けてもらった後も、家を飛び出したハヤカの傍に居てくれて話しを聞いてくれたことや、北海軒まで送り届けてくれたこと、その後もずっと関りを持ってくれていたことなど、ハヤカと聖慈さんは色々と話してくれた。
「ってことは二人は恋人同士って認識でいいんだよね?」
 瑞穂さんが悪戯っぽく尋ねた。
「や、それは……その」
 ハヤカが顔を真っ赤にして狼狽えながら歯切が悪そうに呟いた。
「うん、僕はそう思っているよ。葉野香は僕にとって大切な人だからね」
 寸分の迷いもなく聖慈さんは笑顔で言い放った。その表情からはとても真っ直ぐで誠実な人柄がにじみ出ているように感じられた。少し大和さんに似ているかもしれませんね……。
 それを聞いたハヤカはさらに頬を赤く染め、頭からは湯気が立ち昇りそうな勢いでフラフラしている。
「じゃあどっちから告白したんですか?」
 キラキラした乙女な表情でとんぼちゃんが追い打ち(質問)をかけた。瑞穂さんの表情からはまるでとんぼちゃんに「ナイスアシスト」と言わんばかりの笑みが浮かんでいて、グっと右手の親指を立てている。
「も、もうこの話はいいだろ、ほら、二次会行くぞ、二次会!」
 ハヤカはそう言って照れ臭そうにその場を逃げ出した。

後編へ続く

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