top of page

夕焼け堂のターニャさん

​第三話<遅れてきた助っ人?>

 あれから数日が経過し、6月も残すところあとわずかとなり、小樽にも夏がやって来つつあった。

 夕焼け堂の従業員は依然として3名のままで、このままではあっという間に夏休みシーズンを迎えてしまいそうな勢いだ。
 本日は土曜日ということもあって、学校も休みのため小樽の街はいつも以上に賑わっている。
 夕焼け堂もいつもに比べ、高校生の若いお客さんの数も多く、若々しい声が店内に響いている。
「こんにちは!」
 そんな中、一際大きな声が店内に響いた。
「はい、いらっしゃいませ」
 私は声がする方に向い歩き出す。
「こんにちは。お久し振りです、ターニャさん!」
 そこにはポニーテールの小柄な女の子がこちらを向いて立っていた。えっと、この女の子は確か……。
「あ、とんぼちゃん、お久し振りですね。元気でしたか?」
 彼女の名は日々木とんぼ。この間夕焼け堂にやって来た日々木さんの娘さんだ。
「はい、元気だけが取り柄ですから!今年から小樽の三葉高等学校の1年生です」
 ブレザータイプの制服に身を包んだ彼女は、数ヶ月前に会ったセーラー服姿よりも少し大人っぽく見えた。
「遅くなりましたが、ご入学おめでとうございます。お話は日々木さんから伺っていますよ」
「ありがとうございます。ってもう、父さんったら……。どうせろくなこと言ってなかったでしょ?帰ったら問いただしてやるんだから」
 日々木さん同様、元気いっぱいの彼女と話していると、こちらまで明るい気分になってくる。私にはない特技かもしれない。
 そんなことを思っていると、奥から一ノ瀬君がやって来た。
「ターニャさん、その人は?」
 とんぼちゃんは夕焼け堂のエプロンを身に纏った一ノ瀬君を不思議そうに見つめている。
「あ、とんぼちゃんは初めてでしたね。こちらは一ノ瀬君。少し前からうちで勤務してくれている職人さんです」
 私は一ノ瀬君をとんぼちゃんに紹介する。それを察したのか、一ノ瀬君はとんぼちゃんの前までやって来た。
「初めまして、一ノ瀬奏と言います。よろしく」
 軽く会釈をしながら一ノ瀬君は言った。
「初めまして。日々木とんぼです」
 彼女が自己紹介をした後、一ノ瀬君は数秒の間を置き、「とんぼ?」と聞き返した。
 正直私も最初に名前を知ったときは少し不思議に思ったのを思い出した。
「あ、今変な名前だって思ったでしょ?まぁそう思っても仕方ないですよね、とんぼだもの。これは父さんが硝子細工が大好きで、とんぼ玉のとんぼから付けたんですって」
 とんぼちゃんは自分の名前の由来を説明してみせた。きっと今まで何度も説明してきたのでしょう。
 それを聞いて一ノ瀬君はフっと含み笑いを見せた。
「何が面白いんですか?」
 とんぼちゃんが少しムっとしながら尋ねた。
「いや、ごめん。こっちの話だよ。硝子細工が好きなら、硝子と書いて『しょうこ』だろ!って思っちゃってさ」
 一ノ瀬君ってこんな冗談を言うことあるんですね……。
「まぁ確かに……って別にあたしはこの名前嫌いじゃないし!それにとんぼって英語じゃドラゴンフライって言うんだよ。ドラゴンだよ、カッコイイよね!」
 なぜかとんぼちゃんは誇らしげに胸を張ってみせた。
「ドラゴンフライ?ドラゴンは竜で、フライは揚げ物。ああ、要は竜田揚げか、お前は」
 澄ました顔で、一ノ瀬君は言い放った。
 レジの前では大和さんが今にも吹き出しそうな笑いを精一杯堪えていた。
 もう、大和さんまで……。でもそれほどまでに一ノ瀬君が冗談を言うなんてことはレアなケースなのかもしれない……。
 そんなことを考えていると、とんぼちゃんの頭の上で、カチーンという音が聞こえたような気がした。もちろん実際には聞こえるわけはないのですが……。
「何だとこの澄ましイケメン!こうなったらどっちが凄いか分からせてやる!」
 そういってとんぼちゃんは一ノ瀬君に向かって宣戦布告を投げかけた。
 澄ましイケメンって、悪口になっていないと思いますよ、とんぼちゃん……。
 それにどっちが凄いかなんてどうやって決めるのでしょう?
「そういうわけだからターニャさん、あたしを夕焼け堂で雇ってもらえないかな?お願い!」
 両手を合わせてとんぼちゃんは私の方を見つめている。
「ええっと……どうしてそうなるのデショウか……」

<凸凹コンビ>

 あれからさらに数日が経過し、7月最初の土曜日がやって来た。
「今日から夕焼け堂で勤務してもらうことになった、日々木とんぼさんです」
「日々木とんぼです!よろしくお願いします!」
 一際明るくて大きな声が夕焼け堂に響き渡る。
「とりあえず彼女には学校がお休みの土曜日と日曜日に勤務してもらいます。それと、もうすぐ夏休みですので、休みの期間中は部活が午前中までなので午後から勤務してもらうことになります」
 当面の目標は接客やレジ打ち等を覚えることになるだろうか?後は業務の合間で製作にも少しずつ関わっていってもらう方向で進めていければ……。
「それでは一ノ瀬君?色々ととんぼちゃんに仕事を教えてあげて下さいね。よろしくお願いします」
 私は、今にも俺がですか?!と聞こえてきそうだなと思いながら一ノ瀬君を見つめた。
「分かりました。店長がそう仰るなら」
 まぁ当然そうなるでしょうね、やっぱり……って、あれ?一ノ瀬君からは予想をしていたのとは真逆の返事が返ってきた。
「ちょ、ちょっとターニャさん、なんであたしがこんな澄ましイケメンなんかに教えてもらわないといけないんですか!」
 こちらからは予想通りの返答が返ってきた。ですから澄ましイケメンって、悪口になってませんよ?とんぼちゃん……。
「ひとつ言っておくぞ、竜田揚げ。ここは学校じゃない。例えバイトであろうと、従業員には変わりないんだ。お前の行動ひとつでこの店の評判やイメージが大きく変わることだってある。それを忘れるな。給料をもらって働くからには真剣に取り組む義務があるんだ」
 普段はあまり喋らない一ノ瀬君がいつにもなく自分の意見をはっきり述べている。こんなことが今まであっただろうか?正直私自身、一ノ瀬君という人間がどのような人なのかを把握すら出来ていないということに今更ながら気付かされた。
「確かに奏の言う通りだな。ターニャよりも店長に向いているかもな。はは」
 大和さんが、笑顔で答える。張り詰めていた場の雰囲気が少し和らいだ気がした。
「すいません、神楽坂さん、出過ぎたことを言ってしまいました……」
「いやいや二人とも気にすることはないよ。どんなことでも経験しておくといつかきっと自分のためになるんだよ。どんどん意見を出し合えばいいんだ。まぁとんぼちゃんも気負わず少しずつ頑張ればいいからね」
 優しく大和さんが言葉を付け足す。
「す、すいません。あたしも真剣さが足りませんでした。気合いを入れ直します!一ノ瀬先輩、よろしくお願いします」
 とんぼちゃんは自分の至らなさを詫びて、一ノ瀬君に向き合った。とんぼちゃんって体育会系女子?なのですね……。
「だけど、ひとつだけ訂正してください。あたしは竜田揚げじゃなくてとんぼです。日々木とんぼ!よろしく、先輩」
 そう言ってとんぼちゃんは右手を差し出した。
「まぁ分かればいいんだよ。どっちが凄いかなんて関係ない。お互いに協力して出来ることやっていけばいいんだ。よろしく頼む」
 一ノ瀬君も右手を差し出し、握手を交わした。
 これがまさに日本のことわざにある雨降って地固まるということなのでしょうか?ともあれ、初日から団結力が高まるのは良いことです。
 夕焼け堂のエプロンを纏ったとんぼちゃんが歩く度にピョコピョコと彼女のトレードマークのポニーテールが揺れる。
 その小柄で可愛らしい姿は夕焼け堂のマスコットキャラクターになるのではないだろうか?
 しかしその反面、小さな身体からは想像もできない力強さもあったりするので驚きです。
 さすがはブラスバンド部でトランペットを担当しているだけあって、肺活量が高く、他のスタッフに比べても声が良く通る感じがする。きっと接客には向いているに違いない。
 クールで寡黙な職人気質の一ノ瀬君と、明るく元気で人懐っこいとんぼちゃん……。
 この真逆の性格の二人がこれから夕焼け堂にとってどう作用するのか楽しみでもあり、ちょっぴり不安?でもあります。でもきっとお互いの足りないところを補い合っていけるに違いないと私は信じています。

つづく

bottom of page