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北へ。アンソロジー
雲があるから【京子】
雲があるから
――いつからだろう、心が死んでることに気付いたのは――
最近耳にした歌詞のワンフレーズ……。何処で聴いたのだろうか? 確かラジオか何かだったような気がするのだけれど……。
――言いたいこと言えずにただ冷笑(わら)ってるだけの自分――
何だかまるで自分のことのように思えてしまう歌詞だった。
私が自分の心が死んでいると思ったのいつ頃からだっただろうか? 大学に入り、様々な映画の撮影をするためにシネマ研究部、シネ研に所属し、毎日のように映画撮影に明け暮れる日々……。最初はとても充実していて楽しかったと記憶している。
なのにいつからだろう? 自分の理想と現実がイコールじゃなくなり、不満や物足りなさで心が死んでいったのは……。
シネ研メンバーとの意見の対立、価値観の違い、何より良い映像を撮るということに対する意識の低さ……。挙げればキリが無い。
当然私とシネ研メンバーとの間には目には見えないがはっきりとした大きな亀裂が入り、関係性が崩れていったのは火を見るより明らかだった。だけど私はそれでも構わないと思っていた。あなたに出会うまでは……。
あなたに初めて会ったのは、さっぽろテレビ塔の下だった。シネ研の映画の撮影の時だったかしら。きっと第1印象は最悪だっただろうなぁと今更ながらに思う。だってあなたの影が映像に映るからそこをどきなさいって言ったんだもの。
だけどあなたは素直に場所を譲ってくれた。その時思ったの。何だかシネ研メンバーとは違うって。まさかあの出会いが私の今後を大きく変えるだなんて思ってもいなかった……。
その後も北海道旅行に来ていたあなたとは、どういうわけか何度も出会うことがあった。ある時は撮影に集中しすぎて車に轢かれそうになったのを助けてもらったり、ある時はちざきバラ園で出会ったり……。広い札幌市街で何度も偶然出会う確率ってどれくらいの確率なのかしら? 嫌でも少しは運命感じちゃうわよね……。
その一方で、シネ研メンバーとは殺伐な雰囲気が続いていて、大好きな映画撮影のはずなのに、撮影のたびにストレスが溜まっていく……。ヤマアラシのジレンマって言うのかしら?
挙句の果てには孤立してひとりで撮影旅行に行く始末……。最初は気楽でいいや、なんて強がっていた。
自由を求めてもがき苦しむほどこの世の中の不自由が見えてくる……。
私のことを理解してくれない人たちの声を聞くのが嫌でヘッドフォンをして音楽を聴きながら街を歩いたこともあった。
私は皆とは違う、誰よりも上手く映画を撮れる。その足を引っ張る人たちは全員私の敵……。そう本気で思っていた。
でもヘッドフォンを外して周りの音(声)に耳を傾けなければ本当の声なんて聞こえてこない。それをあなたに教えてもらった気がする……。
私がシネ研メンバーから孤立してしまった理由……本当はそんなのとっくに分かっていた。自分と同じ考え方や価値観を相手に押し付けていたのだ。そして共感が得られない相手は私の敵だと思っていた。そう思い込むことで自分を正当化し、私は独りでも平気だと自分に言い聞かせた。言い聞かせることで今にも崩れてしまいそうな弱い私の心を保っていたのだろう。
だから本当は独りで撮影旅行に出掛けることになった時は胸が苦しかった。重い機材を独りで抱えながら歩いていると、身体だけではなく、どんどん心まで黒く塗りつぶされて鉛のように重くなってくる……。大好きだったはずの映画撮影がプレッシャーとなって覆い被さってくる……。
そのプレッシャーから逃げるために私は、知り合ったばかりのあなたに助けを求めようとしたのだ。以前携帯電話の番号を交換していたことを思い出し、撮影に助手として同行してもらえるようにお願いした。あなたは快く引き受けてくれた。
その際も私は引き受けてくれたあなたに対して自己中心的で強く当たってしまった。ホント我ながら嫌な女だと思う。それなのにあなたはその後の撮影旅行にもわざわざ私のホームページの情報を確認し、現地までやって来てくれた。私を独りにしないでくれた。
今思えば、ホームページに次回の撮影旅行の行き先を記載したのはあなたに追いかけてきて欲しいって思う私の願望だったのだろう。
実際あなたとの撮影旅行は楽しかった。あなたと一緒に様々な場所を巡っている時は自然体の私で撮影が出来ていたと思う。どうしてだろう? シネ研メンバーとならいつも対立してばかりなのにあなたとなら楽しく撮影が出来るのは……。
初めはあなたがシネ研や映画撮影に全く無縁の相手だから対立することなく話せるのだと思った。
でも違った……。あなたは私の放つ言葉ひとつひとつに真剣に答えてくれた。真剣に考えてくれた。偶然札幌で出会っただけのわがままで自己中な私に対していつも本音で答えてくれた。
ふとサロベツ原生花園で仲直りの握手を交わした時のことを思い出す。あなたの手のぬくもりを……。
重ね合うその手のひらのぬくもりを知って気付いた。この偶然の出会いは私にとってとても意味のあるものだったんだ……。あなたは私ひとりでは見ることの出来なかった景色を見せてくれているんだなって。
オレンジ色に輝く晴れ渡った夕焼けはそれだけでもとても綺麗だと思う。だけどそこに雲があるからこそ、夕焼けだけでは演出できない新たな素晴らしい景色が生まれることだってある。
あなたに出会ってそれに気付かされた気がする。あなたは私にとって雲のような存在なのかもしれない。
あなたに会えて良かった。今ならはっきりそう言える……。釧路湿原で撮った最後の8ミリカメラのフィルムに映ったあなたを思い出す。
あの時言いかけて言えなかった言葉が頭を駆け巡る。私はあなたが好き……。
―――――――――。
あれから数ヶ月が過ぎ、季節は冬。札幌はすっかり雪景色だ。
あの夏以降、私は自分を見つめ直し、シネ研メンバーとも映画を愛するもの同士、コミュニケーションをしっかりと取り合い、お互いに認め合ってサークル活動を進めてきた。
その甲斐あってか、先日自分達が撮った映画がコンクールで賞をもらった。以前の私ならこんな小さな賞を取ったくらいでは何も感じなかったかもしれない。だけど皆で一生懸命頑張って意見を出し合って製作した作品が獲得した賞がこんなにも嬉しいものだと初めて気付かされた。本当に涙が出るくらい嬉しかった。
あなたに出会って気付かされたことはとても大きい……。
そんなある日、私はシネ研の部長に呼び出された。結果から話してしまうと、私のことが好きだと告白された……。
恥ずかしい話だけど、今まで私は自分が特別だと勘違いして尖っていたわけで、こんな自分のことを好きになってくれる人なんていなかったし、意味の無いプライドのようなものを持っていたせいか、誰かを好きになることもなかった。
その結果、現在に至るまで異性と付き合ったことなんてなかった……。
だからというわけではないのだけれど、部長からの申し出は素直に嬉しかった。こんな私のことを好きだと言ってくれたのだから……。
だけど告白されたのと同時に私の心が急に騒ぎ出した。落ち着かないというか、やるせないというか……。
部長に告白されているのにあなたのことばかり考えてしまう。あなたに会いたくて仕方がない……。東京に帰ってしまったあなたは今何をしているのだろうか? 頭の中があなたで一杯に埋め尽くされてしまう。
私の心は決まっていたため、部長には申し訳ないがせっかくの告白はお断りする形となった。
その後、大学から家に帰った私は倒れるようにベッドに突っ伏した。
会いたい。あなたに会いたい……。あなたも同じことを思ってくれているだろうか?
釧路湿原で伝えられなかった言葉を思い出す。私はあなたが好き……。
ふと時計に目をやると時刻は17時40分になろうとしていた。もやもやした気分を払拭させようと、気分転換にラジオのスイッチを入れる。チャンネルはFM82.5MHzに設定されている。ラジオからは落ち着いた声が聴こえてきた。
『催馬楽笙子のカプチーノブレイク。今日はなんと素敵なゲストが来てくれていますよ。早速紹介しましょう。本日のゲスト、人気声優の能登麻美子さんです!』
『こんばんは、能登麻美子です。よろしくお願いします』
『私、初めて能登さんにお会いしたんですけど、何て言うんだろう? 凄い癒されるというか、澄んだ優しい声をしていて驚きました』
『え~、そんなことないですよ。でもそう言っていただけると嬉しいです』
ラジオから楽しそうなやり取りが聴こえてくる。催馬楽笙子といえば、FMノースウェイブに所属しているDJで北海道に住んでいれば知らない人はいないぐらいの人気DJだ。ゲストの方は正直良く知らなかったがDJが言う通り、優しいウィスパーボイスで、確かに癒される声だ。気のせいか私の声に少し似ているような気もするけれど、キツい性格が滲み出ているような私の威圧するような声とは大きな違いだ。声の質でこうも変わるものだろうか?
「こんばんは、朝比奈京子です」
彼女を真似て呟いてみる……。
「全然違うわ……って何やってるんだろう、私……」
再びラジオに意識を戻す。
『能登さんと言えば、最近新曲、「雲があるから」をリリースしたばかりですが、この曲にはどのような想いが込められているのでしょうか?』
『そうですね、この曲はですね、毎日忙しく日々を過ごしていると、ついつい忘れてしまいがちな世の中の色んな音や景色、声にちゃんと耳を傾けると、実はこんなに素敵なことがあるんだよ、見方を変えれば世界はこんなにも変わるんだよ、という想いを込めて歌わせていただいています』
『確かに今の時代、昔と比べれば皆さん凄い急ぎ足で過ごしているようなイメージですよね。時間に追われているというか、心に余裕が無いというか』
『私自身もそうだったんですけど、ある日ふと夕焼けを目にしたんですね。それが凄く綺麗な夕焼けで、どうしてこんなに綺麗なんだろう? って考えていたら、そこに雲があったんです。白いはずの雲が夕日に照らされてオレンジ色に染まっていたり、雲と雲の間から沈む寸前の太陽の光が漏れていたり……。夕日だけでも十分綺麗なんですけど、そこに雲があるからこそさらに私の目にはその夕焼けが綺麗に映ったんです。黄昏時って言うのかな、普段も見た事のある景色のはずなのについつい見落としてしまっていた何かを思い出せた、そんな想いが籠もった曲だと思います』
『なるほど。そんな想いと、能登さんの優しい声が重なって出来た曲なんですね。それでは早速聴いてもらいましょう! 曲紹介、能登さんお願いします』
『はい、それでは聴いてください。能登麻美子で「雲があるから」』
曲紹介と共にラジオからは最近良く耳にする歌が流れ出した。雲があるから……初めてタイトルを知った。
じっくり聴いてみると本当に良い曲だということに気付く。夕焼けにとって雲はただの飾りではなく、お互いがより輝くためのパートナーなのかもしれない。私にとってはあなたが「雲」なのかもしれない……。
以前までの私は冷めた笑いしか出来ない冷たい女で、自分が求めていることに対してしか興味が持てず、対立する人たちの意見を聞こうとはしなかった。
理想を求めてもがき苦しむほど、現実の厳しさに縛られてゆく……。
だけど、自分が変わらなければ、周りも変わりはしない。自分だけが不幸だなんて考えているうちは上手くいきっこなんてないんだ。
全部あなたに出会えて教えてもらったことだ……。きっと今なら少しは上手く笑えるはず。
―――重ね合うその唇のトキメキを知ったから―――
曲の歌詞のワンフレーズ。重ね合う唇……キスってことよね……。
あなたとキスすれば私もときめくのかな……。
「あぁ~! 私何言ってるんだろう」
あなたに会いたいな……。去年のクリスマスに東京と札幌のお互いの部屋で同じ店のケーキを食べながらワインで乾杯したのを思い出す。
会いたいと思う気持ちは日に日に大きくなっていく。
「何だか私だけこんな気持ちでいるだなんて納得いかないわ」
私は携帯電話を手に取って、最近かけ慣れた番号を呼び出し、通話ボタンを押した。
何度かの呼び出し音の後に携帯電話が通話状態になった。
「もしもし、私、京子」
「えっ? 京子ちゃん? どうしたの急に」
少し驚いている彼。
「ひとつ確認させて。今の「えっ?」って言葉から気のせいかしら? 私の方から電話をかけてくるなんて珍しいなって感じのニュアンスが感じ取れたんだけど?」
「そ、そんなことないよ。嬉しさのあまり動揺してしまっただけだよ……」
「ホントに? ま、そういうことにしておいてあげるわ」
私は悪戯っぽく笑ってみせた。
やっぱりあなたの声を聞くと心が晴れ渡ったかのように気持ちが明るくなる。くやしいから口には出さないけれど。
「ねぇ、次はいつこっちに来れるの……?」
あなたも就職活動に本腰を入れないといけない時期だろうから無理を言うつもりなんてない。けれど聞かずにはいられなかった。
「それなんだけど、京子ちゃん……」
「わ、分かってる、あなただって忙しいものね。当然よね……」
それ以上聞きたくなくて彼の言葉を遮る。仕方が無いと分かっていても「会えない」という言葉を直接あなたから聞きたくなんてない……。
「そうじゃないんだ、良く聞いて京子ちゃん。実は2月にそっちへ行けそうなんだ! せっかくだから雪祭りシーズンに合わせて会いに行こうと思うんだけど…。もちろん京子ちゃんが良ければだけどね」
今何て言ったのだろう? 彼の口からは私が思っていなかった言葉が発せられた。だけどそれは一瞬で私の冷たい心を溶かす魔法の言葉だった……。
「ひとつ確認させて。あなた、わたしが断ると思っているのかしら?」
嬉しくてたまらないのにどうしてこんな強がりしか言えないのだろう。いつかはきっと素直になるから今はこれで許してね。
「じゃあOKってことだね! 会えるのを楽しみにしてるよ!」
その後しばらく彼と他愛のない話で盛り上がった。
電話を切ってからも胸の鼓動の高まりが治まらない。きっとこれが人を好きになるってことなのだろうと今の私には理解できた。
もうすぐあなたに会える……。そういえばダイヤモンドダストには不思議な言い伝えがあると聞いたことがある。ダイヤモンドダストを一緒に見た恋人たちには永遠の愛が約束されるらしい。
以前の私ならそんなどこにでもあるジンクス的なものなんてきっと信じていなかっただろう。
だけど、もしあなたと一緒にダイヤモンドダストが見れたなら……その時は思い切って大好き! って伝えたいな……。
Fin
あとがきという名のいいわけ
皆様、こんばんはsayです。今回は2/5が京子さんの誕生日、そして2/6が京子さんの声を担当した能登麻美子さんの誕生日ということで、何かssを書こうと思い立ち、京子さんのキャラソンである「雲があるから」を元にssを書いてみました。
能登さんの誕生日でもあるので、勝手にカプチーノブレイクのゲストとして能登さんも少し登場していますが、あくまでsayが勝手にイメージで書いているので、能登さん本人の意見や感想ではございませんのでご理解いただければと思います。
朝比奈京子というヒロインは自分にとっては特別なヒロインです。もちろん能登さんの大ファンということもありますが、京子というキャラクターが大好きです。ネットやプレイ動画で一部の方からは自己中、自分勝手など、辛口なイメージを持たれている事もあるようですが、say個人としては京子は真っ直ぐな性格で、自分に対しても、他人に対しても厳しいところもあるけれど、それは大好きな映画に対して妥協したくないという強い意思の表れなのだと思っています。不器用で甘え下手なところをみていると守ってあげたくなるのです(本人は望んでいないかもですがw)。自分だけはどんな事があっても京子の味方なんだよ! って思ってしまうんですよね。
色々書いてしまいましたが、「ツンデレ」「メガネ」「能登」の三拍子揃った素晴らしいヒロインだと思います!
そんなわけで(どんな?)、今回は京子ssを書かせていただきました。毎度のことですが、ペースが遅いので誕生日に間に合うか焦りましたが、なんとか間に合いました。少しでも楽しんでいただければ幸いです。出来ましたら感想やダメ出し等ご意見いただけると今後の参考になりますのでありがたいです。
今回も読んでいただきありがとうございました。皆様あってのssです!
それではまた次回のssでお会いしましょう。ではまた……
2021.2月 say