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北へ。アンソロジー

<親友(マブダチ)!>

<親友(マブダチ)!>

 5月もゴールデンウィークが終わり、大通公園ではライラックの花が咲き始めている。5月中旬になるとライラックの花は満開となり、それを合図としてさっぽろライラックまつりが毎年開催されている。
「ここはいつ来ても変わらないなぁ」
 2年振りに大通公園にやってきたわたしは誰に言うわけでもなく呟いた。
 たったの2年じゃそこまで何も変わらない……そう思っていた時期もあったけれど、2年前に札幌に帰ってきたときには、お気に入りだった喫茶店が閉店してしまっていた。「2年」言葉にすればたったの二文字。だけど日数にすれば730日、時間にすれば17520時間……。これだけの時間が経過すると、実は変わらず存在していることの方が本来は難しいのかもしれない。だから「変わらない」ってことは凄いことなのだとわたしは思う。
 そんなことを思いながらライラックの下のベンチに腰を下ろした。
『ようこそ、喫茶大通り公園へ!』
 心の中で懐かしい声が聞こえた気がした。
 喫茶大通り公園……。それはわたし達だけの特等席。高校時代はよくここで缶コーヒーを飲んだり、焼きとうきびを食べたりしながら下らない話をしたものだ。
 昔のことを思い出しながら空を見上げた。今日は快晴で、吹き抜ける風が気持ちいい。北海道にも少し遅めの春がやって来たことを身体で感じる。
 その時だった。不意に私の前を通り過ぎようとしていた女の子が立ち止まり、私をチラチラと見ている。
(や、ヤバ……)
 わたしは被っていたキャップを深々と被り直し、下を向いた。女の子は少し不思議そうに首を傾げたが、「まさかね……」と呟きながら立ち去って行った。
 ふぅ……危なかった。でも実はそのまさかなのだ。何を隠そう、わたしはちょっとした有名人なのだ。ある時はショートカットが似合う女の子、またある時はイカが苦手な寿司屋の娘、しかしてその実態は……札幌が生んだシンガーソングライター、川原鮎なのだ!
 自分で言っておいて(心の中で)なんだが、凄く恥ずかしいことをしているような気がしてきた……。
 わたし、川原鮎は現在、東京を中心として活動をしているシンガーソングライターなのだ。
 高校を卒業後、わたしは歌手になるため、バイトをしながら夜は路上ライブをしていた。フォークギターを相棒に流行の曲を歌ったり、自分で作詞、作曲したオリジナル曲も歌ったりしていた。
 最初のうちは父親に猛反対された。歌手になるのがではなく、夜の路上ライブがだ……。うちの父親はわたしが何をするにも口を出してくるちょっとめんどくさいタイプの親なのだ。何処に行くにも「誰と行くんだ? 男か!」とか「20時までには帰って来い!」とか、中学生じゃないっての。まぁそれだけわたしのことを心配してくれてるってことなんだろうけどさ。
 でも不思議なことに、歌手になるということに対しては反対はしなかった。普通なら「そんな夢みたいなこと言ってないで進学するか就職しろ」って言われそうなのにね。
 昔お母さんが教えてくれたんだけど、お父さんは実はロック歌手になりたかったらしいのだ。それはもう今世紀最大の驚きだった……。
 だけど結局はロック歌手の夢を諦めて寿司職人の道に進んだらしいのだ。もちろん今では寿司職人であることを誇りに思っているみたいだけど。
 そんなわけで、歌手になりたいっていうわたしの夢には反対はしなかったのだ。まぁ血は争えないってやつだよね。でも唯一納得いかなかったのが路上ライブらしい。あの人の中では路上ライブ=(イコール)不良だと思っているらしくて、歌手になりたいなら音楽の学校に入れと良く言われたのを覚えている。
 でもわたしは路上ライブのあの距離感というか雰囲気が大好きだったし、それに何より親に迷惑をかけたくなかったのだ。そんなこと言ったら父さんのことだから「子供が親に迷惑かけるのは当然だ、このたくらんけ!」って言いそうだけど……。
 まぁそんなわけで、高校卒業後2年間バイトして上京する資金を貯めた。もちろん上京してからもバイトはするつもりだったけれど、この貯金がなくなるまでにはオーディションに合格して事務所に所属することを目標にしていた。それがダメなら歌手の道は諦めようと思っていた。というよりは絶対に合格するからそんなことを考える必要はないとさえ思っていた。簡単に諦められるならきっとそれは自分が本当にやりたいことじゃない。人生常にフルスロットル! だったら必ずこの夢は実現させる。気持ちで負けるわけにはいかない、道産子娘の意地をみせてやる! そんな気持ちで挑んだ。

 が、その結果は……不合格だった。周りの歌手を目指しているライバルたちは日々音楽のレッスンを受けていたり、音大に通っていたりと、わたしから見ればエリートばかりなのだ。それに引き換えわたしはすべて独学の自称ストリートミュージシャン……。でも気持ちでは絶対に負けるわけには、負けるわけには……。

アパートに戻り、電気も点けずにベッドに倒れこんだ……。
「所詮わたしはこの程度だったのかな……」
 未だに見慣れないアパートの天井を眺めながらボソリと呟いた。
『わたし、鮎ちゃんならきっと夢を叶えられるって信じてるから……』
 急に懐かしい声が聞こえてきた……気がした。
「えっ? 琴梨!?」
 わたしはベッドから飛び起きると、部屋の中を見回した。当然こんなところ(東京)に琴梨がいるはずなんてない……。
 春野琴梨……。彼女はわたしの親友で、今も札幌で暮らしている。
 琴梨との初めての出会いは確か中学3年生の2月、バレンタインデー直前の日曜日だったと記憶している。
 わたしはお父さんの買い物に付き合って札幌そごうに出掛けたのだけれど、店を出たところで琴梨とぶつかってしまったのだ。それが琴梨とのファーストコンタクトだった。癖のあるふわふわの髪が印象的な女の子だった。
 その後、大里高校に入学したわたしは部活を何部に入ろうかと悩んでいた。高校の校則で生徒は必ず何かの部に所属しないといけない決まりだったのだが、残念ながら軽音楽部等の音楽系の部活は大里高校には存在しなかった。
 歌手を目指すのなら体力もつけなくてはいけないと考え、音楽系の部活がないのなら何かの運動部に入ろうと安易に考えていた時だった……。
 テニス部員募集と書かれたポスターの前に見覚えのあるふわふわの癖っ毛の女の子が立っていたのだ。
「こんにちは。テニス部に入るの?」
 わたしは何となく声をかけてみた。
「あ、あれ? もしかしてあの時の?」
「あ、嬉しい。覚えててくれたんだ。わたし、1組の川原鮎。よろしくね」
 どうやらわたしのことを覚えていてくれたようだ。
「こちらこそよろしくね。わたしは3組の春野琴梨。同じ高校だったんだね」
 漢字は分からないけれど、春のようにぽかぽかと暖かくなるような笑顔と小鳥(ことり)という可愛らしい響きが彼女にぴったりだ。名は体を表すとはよく言ったものだ。
「ねぇ、テニス部に入るの? もしかして経験者とか?」
「ううん、そういうわけじゃないんだけど、何となく楽しそうかなぁって……」
 どうやらわたしと同じでテニスは初心者のようだ。
「そっか、じゃあわたしと同じだね。ねぇ、良かったら一緒にテニス部入らない? 実はわたしこの学校に知り合い少なくってさ。これも何かの縁だし、どう?」
 我ながら少し強引な誘い方だなぁとは思ったけれど、実際知り合いが少ないというの時事だった。ある意味彼女には数ヶ月前に一度会っているのでこの学校では数少ない知り合いかもしれない。
「えっ? わたしでいいの? じゃあ一緒に入ろっか」
 思いの外あっさり決まってしまったので少し拍子抜けしてしまった……。何だか彼女は守ってあげなくちゃすぐに騙されてしまう系の少女なのではないだろうか……。
「とにかく、これからよろしくね! わたしの高校での記念すべき友達第1号に認定! クラスは違うけど、部活でよろしくね、琴梨」
「こちらこそ、これからよろしくね、鮎ちゃん!」
 これがわたしと琴梨の親友の始まりだった……。その後も琴梨とは波長が合ったのか、一緒に過ごしているととても居心地が良くて安心できる、大切な存在になっていった。男同士ならこんな存在をマブダチと呼ぶのだろうか?

『わたし、鮎ちゃんならきっと夢を叶えられるって信じてるから……』
 これはわたしが上京するときに新千歳空港で琴梨がわたしにかけてくれた魔法(言葉)……。
 今聞こえたのは気のせいだったのかもしれない。だけどそんなことはどうだっていい。わたしの耳にはその魔法の言葉が間違いなく聞こえたんだから……。
「そうだ、こんなことで諦めるわけにはいかないよね、琴梨!」
 わたしは携帯電話を手に取ると琴梨に『ありがとう!』とだけメールを打つと、ギターケースを持ってアパートを飛び出した。きっと琴梨にはこのメールの意味なんて分からないと思うけれど、送らずにはいられなかった。

 アパートを飛び出したわたしは近くの駅前に来ていた。無我夢中で走ってきたためゼーゼーと呼吸が乱れている。
 何度か大きく深呼吸をし、ゆっくり呼吸を整える……。
「よし!」
 わたしは両手で頬を叩き、弱気だった自分に気合いを入れた。それと同時にギターをかき鳴らす。
 そうだ、わたしにはわたしにしか出来ない音楽がある。オーディションで歌ったような、お手本通りの歌い方はきっと本当のわたしじゃない……。わたしの、本当のわたしで勝負しなきゃ!
「聴いてください! 『親友(マブダチ)』!」
 アップテンポなリズムに合わせて声だけではなく全身で曲を奏でる……。遠く離れた親友に向けて。想いはいつも近くにあると信じて……。

「何か思い出したら急に歌いたくなってきちゃったな……」
 余談だけどその時のわたしの歌を偶然通りがかった、ある音楽プロデューサーが聴いていて、それがきっかけでわたし川原鮎は歌手としてデビューできたのだ。
 回想から我に返ると、急にわたしの「歌いたい病」が発病し始めた。
「おまたせ~」
 その時だった。聞き覚えのあるとても心地よい声がわたしの耳を駆け抜けた。
「や、琴梨! 久しぶり。遅いからもうちょっとで時間潰しに歌っちゃうところだったよ」
「ダメだよ、鮎ちゃん。鮎ちゃんは自分が思ってる以上に有名人なんだから……そんなことしたら凄いことになっちゃうよ?」
「ハハハ、冗談だから」
 うん、これこれ。琴梨とのこの何でもないやりとりがわたしにとっては凄い癒しなんだとつくづく思う。
「あ、そうだ。おかえり鮎ちゃん! そして……」
「「ようこそ、喫茶大通り公園へ!」」
 ふたりの声がハモった。そしてふたりして笑った。
「あ、そうだ鮎ちゃん? 今度帰ってきた時に聞こうと思ってたんだけど、前に鮎ちゃんから突然『ありがとう!』ってメールが来たんだけど、あれって何だったんだろうなってずっと思ってたんだ。わたし、お礼言われるようなことしたっけ?」
 琴梨が不思議そうに首をかしげながら尋ねる。
「あぁ、あれね? 何だったっけなぁ……忘れちゃった! それよりさ、久しぶりにスガイ二段活用でもどう?」
 急に恥ずかしくなって強引に話題を逸らした。でもほんとあの時はありがとう。今のわたしがあるのは間違いなく琴梨のおかげだよ。
「あ、何か今誤魔化した~、気になるよ~。教えてよ、鮎ちゃん」
 ふわふわの癖毛を揺らしながら頬を膨らませ琴梨が拗ねる。
「まぁ琴梨はマブダチってことよ。さ、早くしないとセガカラの部屋埋まっちゃうよ」
「ええ~、答えになってないよ~」
 わたしの後を必死についてくる琴梨が愛らしい。わたしが男だったらきっとほっとかないのに。
「よし、久しぶりにあれ歌おうかな。JOQRの1134!」
「もう、曲名をコードで言うのはきっと鮎ちゃんぐらいだよ……」
 わたしにとっての唯一無二の親友(マブダチ)は琴梨以外に考えられない。琴梨にとっての一番がどうかわたしでありますように……。
「ちゃんと『ひこうき雲』って言えばいいのに……」
「って、ちゃんと分かってるじゃん、琴梨」
「だってわたし、鮎ちゃんのことなら何だって知ってるよ?」
「もう、琴梨……大好き!!」
 そのあと思わず琴梨に抱きついた。琴梨はびっくりしてあたふたしていたけれど、しばらく離れてやらなかった。
 今日も大通り公園はすこぶる平和だ!

Fin
 

あとがきという名のいいわけ

 皆様、こんばんは。sayです。まずは今回のSSなのですが、実はツイッターでいつも自分の拙いSSに感想を下さる、太田さんにこちらから無理矢理リクエストしていただき、書かせていただきました。
 書かせていただく際に、メインとなるヒロインと、キーワード的なワードだけを指定していただき、それを基にお話を想像してSSを書くという形を取らせていただきました。その結果、メインヒロインが「川原鮎」で、キーワードが「喫茶大通り公園」と「春野琴梨」でした。
 で、完成したのが今回のSSというわけです。イメージ的には北へ。WIから数年後(高校を卒業して数年)のお話となっています。ちなみに鮎ちゃんはWIの主人公には出会っていないという設定にしています。WIのゲーム内で鮎ちゃんが上京して音楽をやりたい的な発言をしていたと思うので、その辺はそのまま採用しました。WIでは主人公と出会い、最終的には歌手デビューしていますが、このSSでは琴梨との友情? のおかげでデビューできたという設定にさせていただきました。タイトルにもなっている「親友(マブダチ)」という曲でデビューしました。多分本来は「大好き」でデビューなんでしょうね。
 実際にこの「親友(マブダチ)」という曲に歌詞をつけようとも考えたのですが、出来上がるまでにとんでもなく時間がかかりそうなので今回は見送りました。北へ。的な歌詞にするなら『わたしたちって缶コーヒーと焼きとうもろこしみたいに相性バッチリだよね!』みたいな感じでしょうか?
 文章の中には敢えて「セガカラ」「スガイ二段活用」「JOQRの1134」などの北へ。ワードも入れていますので、北へ。ファンの方にニヤリとしていただければ幸いです。
 最後になりましたが今回、無茶なお願いにも関わらず快くリクエストしてくださった太田さんには感謝です。いつもありがとうございます。
 そして、ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございます。皆様あってのSSです。
 それではまた次回SSでお会いしましょう!

2022.9月 say

                             2019 10月 say

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