top of page

梅屋応援オリジナル小説

わたしと梅屋と思い出と。

~I know heartful stories.~

 

第1話

<初めてのお使いとしゅうくりぃむ>(愛乃母)

 時は遡り18年前の夏……。
 ここは旭川にあるとある公園。今日はこの公園に家族3人でお弁当を持参して遊びに来ました。
 愛乃も5歳になり、随分と大きくなりました。ほんと子供の成長は早いものですね。
 昼食を食べ終え、後片付けをしながらそんなことを考えていると、何だか自分も歳を取ったのだなぁと実感してしまいます。
「愛乃、あまりパパを困らせてはダメですよ」
 向こうでは愛乃と夫が遊具で遊んでいる。
「いくよ、パパ! 必殺クワドラプル・ルッツ!!」
 そう言って愛乃は勢いよく助走をつけてジャンプした。
「どう? パパ、決まった?」
 嬉しそうに愛乃が夫に駆け寄った。何とも微笑ましい光景です。でも愛乃、それでは2回転ですよ。私の様な4回転を飛ぶにはまだまだ練習が足りませんね、フフフ。
 実は今日この公園に来たのには理由があります。愛乃も5歳になり、色々と物事を理解できる年齢になってきました。そこで、今日は愛乃に初めてのお使いの任務を与えようと思い立ったのです。最近テレビで同じような番組を見たからだというのは秘密です。
 作戦はこうです。この公園からほど近い場所に私の最も好きな場所のひとつである、梅屋があります。梅屋はお菓子のお店で、その中でもしゅうくりぃむが絶品なのです。その梅屋まで愛乃ひとりでお使いに行ってもらい、お店でしゅうくりぃむを3個買って、この公園まで戻ってきて無事に家族三人でおやつを食べれれば大成功です。社会勉強にもなり、さらに梅屋のしゅうくりぃむまで食べることが出来る一石二鳥の素晴らしい作戦です。
 時計に目をやると、時刻はもうすぐ14時になろうとしていた。そろそろ作戦の開始時刻です。
「愛乃、ちょっとこちらへ来てください」
 私は手招きをしながら愛乃を呼んだ。
「なぁに、ママ」
 ちょこちょこと小走りでこちらにやって来る愛乃。まるで旭山動物園のペンギンのようで可愛らしいです。
「愛乃、たくさん遊んだのでそろそろ疲れたのではないですか? 疲れた時には甘いものを食べると良いと聞きます。この公園の近くに梅屋があるのは愛乃も知っていますよね?」
 私は身体を屈め、愛乃と視線を合わせた。
「うん、梅屋さんなら知ってるよ。でも梅屋さんが何か関係あるの?」
 愛乃が不思議そうに尋ねる。
「ハイ、梅屋ならたくさん甘いお菓子が売っています。ですから愛乃にお使いを頼みたいのです」
 愛乃の方をポンと叩く。
「え~、やだよ。愛乃別に疲れてないもの。まだまだ元気だよ」
 い、いきなり作戦失敗の予感です。どうしたものでしょう……。こうなればこれしかありませんね……。
 私はゆっくりとこちらに向かって歩いてくる夫に目線で合図を送った。どうか気付いて下さい!
「あ、あなた、どうしたのですか!? 何だか顔色が悪いですよ??」
 私の意図を察したのか、夫が急にその場に蹲(うずくま)った。
「パパ、どうしたの?」
 心配そうに愛乃が近付いてくる。
「愛乃、どうやらパパは遊び疲れたのか、血糖が下がって、低血糖になってしまったようです」
「ていけっとうってなぁに?」
 愛乃が私の顔を覗き込む。
「えっと、そうですね、簡単に言うと、気分が悪くなって甘いものを食べないと元気が戻らない状態です。急いで何か甘いものを食べさせないと! 愛乃、ママはここでパパの様子を見ていますから、梅屋まで行ってしゅうくりぃむを3個買ってきて下さい」
 愛乃の手をぎゅっと握りお願いする。
「それでパパ元気になる?」
「もちろんです。愛乃の買って来てくれたしゅうくりぃむを食べれば元気100倍です!」
 私は愛乃の首にペンギンの形をしたポーチを掛けた。
「この中にお金が入っていますから、落とさないように気を付けて行ってきてくださいね」
「うん、分かった。パパをお願いね、ママ」
 愛乃はそう言うと、くるりと私達に背を向け、梅屋のある方に向かって歩き出した。
 しばらくその後ろ姿を見送っていたが、最初の角を曲がったため、姿が見えなくなった。
「良し、我ながら素晴らしい演技でした。これで無事にお使いに行かせることが出来ましたね」
  もちろん、夫の低血糖も仮病です。私の演技に上手く合わせてくれたのです。これぞツーカーの仲というやつでしょうか?
 何故かあなたが苦笑いを浮かべているように思うのは気のせいでしょうか……?
「それでは私も行ってきます! あなたはここで待機していてくださいね」
 夫にそう伝え、私は事前に用意していたストローハットをかぶり、サングラスをかけると、足早に愛乃の後を追った。
 先程愛乃が曲がった角を同じように曲がる……と、そのすぐ先に愛乃がしゃがみ込んでいた。
 私は咄嗟に角を曲がり切る寸前で180度方向転換し、来た道を引き返す。もう少しで愛乃に尾行していることがバレてしまうところでした、危なかったです……。
 一体愛乃は何をしているのでしょうか? 電柱に身を隠しながら愛乃の様子を伺うと、愛乃の足元には可愛らしい猫の姿が見えます。ゴロゴロと愛乃の足元に擦り寄り、じゃれつく猫は何とも愛らしく、微笑ましい光景です。でも愛乃、そうしている間にもパパは低血糖(仮病)で苦しみながらアナタの帰りを待っているのですよ……。
 こうなれば仕方ありません……。私はサングラスを外すと、視線を猫の方に向けた。
「悪く思わないで下さいね。これも愛乃の成長のためです」
 そう小さく呟くと同時に、鋭い眼光を前方の猫に向けて放った。
 次の瞬間、猫は危険を察したのか、一瞬こちらと目が合うと同時に、脱兎の如くその場から逃げ去りました。
「猫なのに脱兎の如くとは全くもっておかしな日本語ですね」
 私はサングラスをかけ直すと気付かれないように愛乃の後を追った。しばらく進むと今度は路面に敷設されている点字ブロックの上を歩き始めました。
 おそらく点字ブロックのから足を踏み外さないようにゲーム感覚で歩いているのでしょう。あ、愛乃そっちは梅屋の方向じゃないですよ?? そうしている間にもアナタのパパは……(以下略)
 しばらくして、やっとのことで愛乃は梅屋まで辿り着きました。ほんと街は危険(誘惑)がいっぱいです。
 でもここからが本当の勝負です。愛乃はきちんとしゅうくりぃむを3個買えるのでしょうか? 見ているこちらの方がドキドキしてしまいます。
 そんなことを考えているうちに愛乃は店内に入っていきました。親の心子知らずとはまさにこのことに違いありません。
「いらっしゃいませ~」
 ベレー帽をかぶった女性スタッフが出迎えてくれる。相変わらず梅屋の制服は可愛いです。
 愛乃は所狭しと並んだケーキが入ったショーウィンドウの前を行ったり来たりしている。愛乃、アナタが買うのはしゅうくりぃむ3個ですよ。
 愛乃が言ったり来たりする度に、首から掛けているペンギンのポーチがぴょんぴょんと跳ねる。しばらくすると愛乃の動きがピタリと止まった。愛乃の目の前のショーウィンドウには目当てのしゅうくりぃむが並んでいる。
 あとは3個注文するだけですよ! 店の外からこっそりとする応援にも熱が篭ります。
 あ、何やら愛乃が店員さんに話しかけているようです。ここからでは会話が聞き取れません。こうなったら愛乃に気付かれないように店内に入るしかありません。
 私は店内に入ると、愛乃の死角に入りこっそり様子を伺うことにしました。
「これ、3つ、ください」
 しゅうくりぃむを指差して愛乃が言った。
「しゅうくりぃむ…ですね」
 店員さんの対応が少しぎこちないように感じます。おそらく愛乃の外見を見て日本語がきちんと理解できるかどうか考えているのでしょうね。
 確かに愛乃の髪はブロンドと黒のメッシュ、それに瞳の色は黒とブルーのオッドアイ……。外国人に見えるのも無理はありませんね。
「えっと、お嬢ちゃん? おうちまではどのくらい? 保冷材は必要かしら?」
「ほれいざい?」
 愛乃は首をかしげた。頭上には?マークが浮かび上がっているようです。
「あ、つまりですね……えーと…キープ・アイス・材?」
「違うよ、アイスじゃないよ。普通のシュークリームだよ」
 どうしてでしょう? 何だかこのやり取りに聞き覚えがあるような気がするのは気のせいでしょうか……?
 店員さんは愛乃に日本語が通じるというのが理解できたようで、優しく保冷材について説明してくれた。
「ううん、近くの公園で食べるからいらないよ? パパがていけっとう(低血糖)でそれを治すの」
 今度は店員さんの頭上に?マークが浮かんでいるような気がしました。愛乃、余計なことは言わなくていいのですよ……。
 愛乃はペンギンのポーチからお金を出し、支払いを済ませた。

第一話イラスト.jpg

 まずいです。このままだと私の存在に気付かれてしまいます。私はスケートリンクの上を滑走するかの如く店を飛び出すと、物陰に身を潜めた。
「ありがとうございました~」
 店員さんに手を振ると、愛乃は公園に向かって歩き出した。偉いですよ、愛乃。ひとりでお使いが出来ましたね。お母さんは嬉しいです。
 私はホっと胸を撫で下ろした。
「こんにちは、雪平さん。今日はお忍びかい?」
 急に後ろから男性の声がした。
「ち、違います! そのスケート選手と私は赤の他人です!」
 つい昔の癖でそう口走ってしまった……。が、その男性の顔を見て安堵の溜め息が漏れた。
「ハァ……なんだ、咲灯さんでしたか」
「なんだとはご挨拶だな~」
 はははと彼は笑いながら答えた。
 彼は咲灯優作(さとうゆうさく)さん。ここ、梅屋の店長さんです。
「今日はどうしたんだい? 変装なんかして? まぁバレバレだけど……」
 えっ? バレバレですか? バッチリ変装できたと思っていたのですが……。
「実はですね、今日は娘の初めてのお使いなんですよ。それで心配になって、隠れて付いてきたのです」
 私は簡単に事の成り行きを説明した。
「なるほど。愛乃ちゃんももうそんなに大きくなったんだなぁ。そりゃ俺も歳取るわけだな」
 咲灯さんとは随分昔からの顔なじみで、初めて会ったのは私が旭川に来て間もない頃でしたから、17歳の頃からのお付き合いです。その頃はまだ店長ではありませんでしたけれど。
「咲灯さん、今日はお仕事お休みなのですか?」
「残念ながら仕事だよ。休憩時間が終わって店に戻るところだったんだよ。っていいのかい? 愛乃ちゃん行っちまったけど……」
咲灯さんが愛乃の方を指差した。すでに愛乃は横断歩道を渡り、向こう側の角を曲がろうとしていた。
「そうでした、今の私は大切な任務の途中でした。咲灯さん、私はこれで失礼しますね!」
「あぁ、また今度ゆっくり家族みんなでおいで」
 手を振る咲灯さんに軽く頭を下げ、私は愛乃の後を追った。そして、先程愛乃が猫と遊んでいた道路の角を曲がったのを確認すると、私は大急ぎでその角を曲がらずに直進し、少し迂回して一足先に夫の待つ公園に戻った。
 程なくして、愛乃が私達の元にお使いを終えて戻ってきた。
「ただいま! ママ、パパは大丈夫?」
「お、おかえりなさい、愛乃……。パパは大丈夫ですよ。愛乃が頑張って買って来てくれたおかげできっと良くなりますよ」
 愛乃より先に公園に戻るために全力疾走で駆けてきたため、呼吸が荒い。それを落ち着かせようと平静を装いながら話していますが、少しぎこちない。
「どうしたの? ママ何だか辛そうだよ?」
 愛乃が私の顔を覗き込む。不自然な態度を怪しまれてしまったでしょうか……。
「あ、もしかしてママもていけっとう(低血糖)なの? それじゃ早くシュークリーム食べないとダメだよ!」
 ど、どうやら怪しまれずに済んだようですね……。しかも心配までしてくれるなんて……。愛乃が優しい女の子に育ってくれてママは嬉しいですよ!
「そうですね。せっかく愛乃が買って来てくれたのですから、早速みんなで頂きましょう」
「うん! 愛乃お使いに行ったからちょっとお腹空いちゃった」
 愛乃が買って来てくれたしゅうくりぃむを家族3人で頬張った。とろけるような舌触りのクリームが口の中に広がります。これぞ梅屋のしゅうくりぃむです。
「おいしい! 愛乃今まで食べたお菓子の中で一番好き! 愛乃大きくなったらシュークリーム屋さんになる!」
 口の周りにクリームをいっぱい付けながら愛乃が言った。
「それは楽しみですね! そのときはママが一番のお客さんになります!」

 こうして愛乃の初めてのお使いは無事に終わりました。この時食べた梅屋のしゅうくりぃむの味は今でも忘れられません。何度も食べてきた今までのしゅうくりぃむももちろん文句なしにおいしいのですが、この日食べたしゅうくりぃむは私達家族を優しく包み込む魔法の味がしました。
 こんな幸せな時間がいつまでも続きますように……。

 

bottom of page