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北へ。アンソロジー

<君と北へ。>

 君と北へ。(札幌編2)

 数分後二人はさっぽろテレビ塔に到着した。
 さっぽろテレビ塔は平成14年に巨木のような外観にリニューアルされている。そのテレビ塔の真下には一直線に伸びる大通公園があり、札幌市民の憩いの場として利用されている。地上90メートルに位置する展望台からは石狩平野や日本海を背景に札幌の街並みが一望できる。
「確か待ち合わせはここなのですが……」
 明理は周りを見回してみた。さすが観光名所だけあって、テレビ塔はたくさんの観光客で賑わっている。
 その時、後ろで声がした。
「こんにちは、原田さん? だよね?」
 後ろを振り返るとそこには先程ぶつかった女の子が立っていた。
「あ、さっきはすみませんでした。これ、あなたの携帯です」
「ありがと、わざわざごめんね」
 そう言うと彼女は明理の正面に立った。
「あ、あぁ~~!」
 突然明理が大声を出した。
「ひ、ひょっとして川原鮎ちゃん…!?」
「あ、バレちゃったか。もしかしてわたしって有名人?」
 鮎はニコっと微笑んだ。
 川原鮎。札幌出身で最近人気上昇中のシンガーである。
「わたし、すごいファンなんです。この間の新曲も聞きました。すごく良かったです!!」
 明理はいつにもなくはしゃいでいる。こんな明理を見るのはもしかすると初めてかもしれない。
「うれしいな、聞いてくれたんだ。ありがと。ま、立ち話も何だからあそこのベンチに座ろうよ」
 鮎はそう言うと二人をベンチまで案内し、さらに言葉を続けた。
「ようこそ、喫茶大通公園へ!って言っても分からないよね。ここはわたしが高校時代に友達とジュース飲んだり、色んなこと話したりした場所なんだ。よく、缶コーヒー飲みながらとうきび食べたっけ」
「とうきびって?」
 彼が突然口を挟んだ。
「そっか、お兄さん内地の人なんだ。とうきびっていうのはこっちの方言でとうもろこしのことだよ」
「へぇ、そうなんだ。じゃ、俺そのとうきび買ってくるよ。二人とも飲み物は缶コーヒーでいいかな?」
「うん、よろしく」
 鮎はニコリと笑って手を振った。
「さてと、二人きりになったことだし、あの人ってあなたの彼氏? 見たところあなたはこっちの人みたいだけど?」
「は、はい…。わたしは帯広に住んでいたんですけど、彼とは彼が北海道旅行に来ているときに偶然知り合ったんです。それで今は東京の彼のアパートで一緒に住んでいるというか、勝手にわたしが転がり込んだというか…」
 明理は少し照れくさそうに頬を染めながら答えた。
「へぇ、そうなんだ。実はマスコミには秘密にしてるんだけどわたしの彼氏も東京の人なんだ。しかもあなたと同じで彼が北海道旅行に来ているときに知り合ったんだ。偶然ってあるものなんだね。あなたとは仲良くできそうね」
「そんな…。でもうれしいです。そういえば鮎ちゃんは今確か東京でお仕事なんじゃ…? どうして北海道に?」
「うん、まぁ仕事と休暇を兼ねてちょっとね。仕事っていうのはラジオ番組なんだけどね。知ってる? 催馬楽笙子のカプチーノブレイク」
「はい、知ってます! こっちにいる頃はよく聞いてました。いつ出るんですか?」
「今日だよ。今日の夕方。よかったら聞いてね」
「はい、必ず聞きます!」
「お、何か盛り上がってるね。何の話?」
 彼がとうきびと缶コーヒーを買って戻ってきた。
「ちょっと大人の世間話を」
 三人はしばらくの間色々な話で盛り上がった。
「そういえば二人ともとうきび食べただけでお昼まだよね?」
「うん、まだだけど?」
「だったら携帯拾ってくれたお礼にお昼はわたしがご馳走するよ」
「そ、そんなとんでもないです。鮎ちゃんに会えただけで十分です」
「フフ、遠慮しなくてもいいよ。それにわたし達もう友達でしょ?」
「わたしなんかが友達でいいんですか?」
「というよりあなただからかな。わたしの直感。元遠距離恋愛組同士気が合いそうだしね。よし、それじゃ行くよ」
 鮎は二人の返事を聞かずに歩き出した。
「○○さん、どうしましょうか?」
「一度言い出したら聞かなさそうだし…、ここはお言葉に甘えようか」
「こら!早く行くよ!!」
「は、はい…!」
 半ば無理矢理連れて来られたところはススキノのとあるビルの一階に位置する寿司屋だった。看板には澤登と書かれている。ここは深夜まで営業していることもあり夜になると仕事帰りのサラリーマン等で賑わっているらしい。
「着いたよ。さあどうぞ。実はわたしんち、お寿司屋なんだ」
「え? 鮎ちゃんちってお寿司屋さんだったんですね」
「そういうこと。ま、とにかく中へどうぞ」
 鮎に言われた通りに中に入る。お昼時ということもあり、店内は結構賑わっている。
「いらっしゃい!」
 威勢のいい声が出迎える。澤登の主人、すなわち鮎の父親だ。
「あ、お父さん、ただいま」
「おう、鮎。帰ったのか。ん? そっちの二人は?」
「うん、北海道に旅行に来ている原田明理ちゃんと、えぇ~とその彼氏。二人はわたしの携帯電話の恩人なのよ」
(一応○○という名前があるんだけどなぁ……)
「何だかよく分からんが鮎が世話になったみたいだな。お二人さん、昼飯まだなんだろ?よかったら寿司食っていくか」
「当たり前じゃない、そのために連れて来たんだもの。さあ、遠慮なく食べてね」
 鮎もそうだが父親も鮎に負けず劣らずの性格のようだ。似たもの親子とはこのことを言うのだろう。
「いただきます。うん、おいしい。やっぱり北海道、ネタが大きいし、新鮮だ。この鮭なんてなんともいえないよ」
「お、兄ちゃん、なかなか分かってるじゃないか。よし、これも食いな」
「はい、いただきます」
 彼は差し出されたイカの握りを食べた。
「う、これは!!! ワサビが!!」
 そのイカには通常の三倍、いや五倍の量のワサビが仕込まれていたのだ。
「お父さん、またやったでしょ。全く……。ごめんね。ちょっと色々あって若い男の人を見るとイカにワサビを大量に入れて出すの」
「すまん、つい癖でやっちまった。勘弁な、兄ちゃん」
「??(よくわからないが過去に色々あったんだろうなぁ)」
「ご馳走様でした。とてもおいしかったです」
「ご馳走様でした。やっぱ東京とは一味も二味も違うなぁ」
 二人は北海道の新鮮なネタがのった寿司を堪能した。
「お二人さん、わたしはこれから仕事があるからそろそろ行くけどゆっくりしていってね」
「あ、鮎ちゃん、お仕事頑張って下さいね。必ず聴きますから」
「うん、ありがと。それじゃまたね。バイバイ」
 そう言うと鮎は勢いよく出掛けていった。
「明理、そろそろ俺たちも行こうか」
「はい、そうしましょう」
「大将、どうもご馳走様でした」
「おう、札幌に来たらまた寄ってくれよ」
「はい、必ず」
 二人は澤登を後にし、しばらく札幌の街を観光した。
 時刻はもうすぐ17時30分になろうとしていた。その時、助手席の明理が口を開いた。
「あのう、○○さん、ラジオ聴いてもいいですか?」
「いいけど、何かおもしろい番組があるの?」
「はい、それは聴いてのお楽しみです」
 明理はラジオのスイッチを入れた。
「えぇ~っと、ノースウェイブは確か…、あ、ここです」
 チャンネルを82.5MHzに合わせると、ラジオから女性の声が聞こえてきた。
『催馬楽笙子のカプチーノブレイク!皆さん、こんにちは。暑い日が続いていますね。夏バテしてませんか? 今日はあなたの夏バテを吹き飛ばすスペシャルゲストが来ていますよ。それではさっそく紹介しましょう。川原鮎ちゃんです。どうぞ!』
『こんにちは、川原鮎です。よろしくお願いしま~す』
『さっそく、鮎ちゃんに質問が届いています。まずはこちら。ペンネーム○×△さんからのお便り。「鮎ちゃん、こんにちは。鮎ちゃんは運命の出会いって信じますか? 私は今遠距離恋愛をしています。彼が偶然北海道を旅行しているときに知り合ってお付き合いをするようになりました。きっと神様が私と彼を巡り合わせてくれたのだと私は信じています。鮎ちゃんもそんな運命的な出会いをしたことはありますか?」』
『う~ん、運命的な出会いかぁ、(わたしも○×△さんと同じだな)そういえばつい最近っていうか、今日なんだけどね、わたし携帯を落としちゃったんだけど、親切なカップルが拾って届けてくれたんだ。そのカップルが偶然○×△さんと同じで女の子の方が北海道出身の子なんだけど彼が北海道旅行をしているときに知り合ったんですって。わたしの知ってる人にも同じような人がいるけど(実はわたしだけど)そういうのって素敵だよね』
『遠距離恋愛かぁ、きっと辛いこともたくさんあるんだろうけどその分きっと会えたときの喜びも大きいんでしょうね。素敵だと思います。それではここで1曲聴いていただきましょう。今日の1曲目は川原鮎ちゃんのデビュー曲で“大好き”どうぞ』
 ラジオからは鮎の「大好き」が流れている。恋する女の子の気持ちが伝わってくるような曲だ。明理は真剣に聞き入っているようだった。
「うん、いい曲だね」
「ですよね。わたしも大好きです。鮎ちゃんのCDは全部買ってるんですよ」
「そうなんだ? 明理の以外な一面を見た気がするよ」
「もう、わたしにだって、お菓子作り以外にも趣味ぐらいありますよ~」
「ハハ、ごめん、ごめん」

『催馬楽笙子のカプチーノブレイク、今日はスペシャルゲストとして川原鮎ちゃんと一緒にお送りしました。いかがだったでしょうか。それではまた明日の17時30分にお会いしましょうね。それじゃ、Bye-bye』
「明理、そろそろ夜景をみに行こうか。前から行ってみたかったところがあるんだ」
「はい、楽しみです。どこに行くんですか?」
「それは着いてのお楽しみ」
 そう言うと彼は目的地に向けて車を走らせた。辺りはすっかり暗くなり札幌の街並みに明かりが燈る。 
 しばらく車を走らせると、旭山記念公園に到着した。ここは藻岩山と円山の間にある丘陵公園で地元札幌では藻岩山展望台と人気を二分するビューポイントで周りには遮るものがないため100万人都市札幌の夜景を眺めることができる。
「素敵なところですね。札幌の街並みが一望できますね」
「ほんと、こんなに凄いとは思ってもなかったよ。何というか吸い込まれそうな感じだね」
「でもわたしを置いて吸い込まれちゃわないで下さいね。独りぼっちになるのは辛いですから」
 口調こそ冗談交じりだが明理の表情からは淋しさが感じられた。両親に先立たれ、親戚の叔母に援助してもらっていたとはいえ、天涯孤独ともいえる明理にとってはまた独りになるというのはとても耐えられないことなのかもしれない。
 それを察した彼は優しく明理を包み込むように抱きしめた。
「明理、どんなことがあっても俺は明理の傍にいるから。明理を絶対独りにはしないから」
「○○さん……。うれしいです。ずっとこうしてわたしをつかまえていて下さいね」
「もちろん。ずっと一緒だよ」
(そうだ、わたしにはいつだって彼がいてくれた、いつだって独りじゃなかったんだ)
 明理はさっきまでの淋しさからではなく、うれしさで涙が溢れた。明理は背中に彼の温もりを感じ、自分はいつだって独りじゃないことを改めて知った。

「もう少しだけこのままで…いさせて下さい」

 どれぐらい時間が過ぎただろうか。おそらくはほんの数分だったのだろうが、もう数時間も過ぎてしまったような気がする。明理はゆっくりと顔を上げた。
「うん、もう大丈夫です。あなたに抱きしめられたらすっかり元気になりました」
「よかった。泣いている明理も好きだけどやっぱり笑顔の明理が一番好きだよ」
「はい、やっぱり笑顔が一番ですね。少し冷えてきましたね。そろそろ戻りましょうか?」
「うん、そうだね。明日も早いしね」
 二人は旭山記念公園を後にした。繋いだ手からはお互いに温かさを感じる。
 すごく温かい……。自分は独りじゃないと強く感じることができる。
 二人の後ろ姿がどんどん小さくなっていく……。夜空に輝く星々と夜景が二人を見送ってくれているようだった……。

つづく


 あとがきという名のいいわけ

 皆さま、こんばんはsayです。今回は君と北へ。札幌編2ということでしたが、いかがだったでしょうか?前のあとがき(いいわけ)でも書きましたが、この君と北へ。という作品は今から約15年前に書いたものを誤字だけ訂正し、ほぼ当時のままで掲載しています。ですので文章的に不自然なところや、拙い部分が所々に(というかほとんどですねw)存在しますがご了承ください。
 さて、札幌編ということで、今回はWIのヒロインの一人である川原鮎が登場しています。
 ここで登場している鮎は、高校卒業後、上京してプロの歌手になり、WIで出会った主人公と恋人同士になっています。そしてWIのシナリオにも出てきた鮎の作った曲、「大好き」でデビューを果たしたという設定になっております。
 後は、少しだけ笙子さんも登場しておりますね。
 今回のssを読み返していると、「喫茶大通公園」や「ちょっと大人の世間話を」、「イカの握りに大量のワサビ」など、原作に登場したネタが所々に出てきていて、「あぁそういえばそんなシーンあったなぁ」と独りで懐かしくなってしまいました(笑)
 今回も登場した観光地等は自分が初めて北海道旅行に行った場所を参考に書かせてもらっていますので、もしかしたら現在は存在しない場所もあるかもしれませんね。
 次回は函館編を掲載予定ですのでよろしくお願いします。函館といえば当然彼女が登場??
 それではまた次回のssでお会いしましょう。感想などいただけると泣いて喜びます!(切実w)

 2020.6月 say

             

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