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北へ。アンソロジー

​<君と北へ。>

 君と北へ。(帯広編)

「……さん、起きて下さい。もう、○○さん…」
 時刻は七時を少し回ったところだ。少し心配そうな表情で必死に彼を起こそうとする。
 彼女の名は原田明理。北海道は帯広生まれで、今は東京のあるアパートで彼と暮らしている。
「んん、ふぁああ、おはよう、明理。朝から元気だね。」
「はい、私はいつも元気ですよ。って、そうじゃなくて今日の予定は知っていますよね…」
「もちろんだよ、この日をずっと楽しみにしていたからね。そのために仕事も有給というか夏休みをもらったんだからね」
 彼の勤め先は普段は仕事が忙しくてなかなか有給は取れないのだが、その代わりに夏になると夏休みとして五日間休みをもらえるという制度がある。それを利用して今回は北海道旅行を計画したのだ。
「その割には起こさないといつまででも眠っていそうな感じでしたけど…」
 明理の鋭い突っ込みが入る。
「ははは…。っとそろそろ出掛ける支度をしなくちゃね」
「できていないのはあなただけですよ。もぅ、早く着替えてください」
 明理は頬をプクっと膨らませて見せた。
「失礼しました……」
 そう言うのと同時に彼は慌しく支度を始め出した。
「あれ?明理、俺の眼鏡知らない?どこに置いたかな?」
「もう、昨日洗面所に置きっ放しでしたよ。いつも寝る前はあの棚の上に置くようにって言ってるのに!」
「ごめん、ごめん、今後気を付けます」
(最近俺何だか尻にひかれてきたような気が……)
「ん?どうかしましたか?」
「あっ、いやなんでもないよ。あった、あった。これで準備完了。じゃあそろそろ出掛けようか」
「はい!わたしすごく楽しみです。北海道久し振りだなぁ」
「俺も楽しみだよ。それに今回は一人旅じゃなくて明理と一緒に北海道を旅行できるからね。ん?どうしたの?顔が真っ赤だよ。」
「あ、あなたのせいです。面と向かってそういうこと言われると照れるじゃないですか。は、恥ずかしいです…」
「実は俺も」
 そう言って二人は顔を見合せてクスっと微笑んだ。
 数十分後、二人は搭乗手続きを済ませ、飛行機の中にいた。
 二人を乗せた飛行機は大空高く飛び立った。二人が出会った場所、北へ……。

 程なくして二人を乗せた飛行機はとかち帯広空港に到着した。
 心地よい風が二人の間を通り抜けてゆく。東京のジメジメとした夏とは違い、カラっとしている。
「久し振りの北海道だなぁ。やっぱり東京の夏とは違って心地のいい暑さだよね」
「はい、何だか懐かしい暑さです。やっぱりわたしはこっちのほうが好きです。あ、ごめんなさい、別に東京が嫌いとかそう言うわけじゃなくてですねぇ、あなたと一緒なら何処だって……」
「そんなに気にしなくてもいいよ。俺だって明理と一緒なら何処だって構わないよ。でもいつかはこっちに一緒に住みたいけどね」
「そ、その言葉だけで十分です。わたしにとってはあなたが……」
 と、その時、この場には不似合いな音が鳴り響いた。
 ぐぅ~~
「ははは・・・ごめん」
「もう、ムードないですねぇ」
 ぐうう~
 再び不似合いな音が鳴った。
「あうぅ~、恥ずかしいです…」
「これでおあいこだね。よし、それじゃまずはお昼ご飯にしようか」
「そうですね、せっかく帯広に来たのですから……」
「帯広名物を食べなくっちゃだね」
「あっ、それはわたしのセリフなのに…」

 二人はレンタカーを借りると帯広市内へ向けて車を走らせた。
 東京の道路とは違い、広大な北の大地は緑であふれている。東京に住んでいると大袈裟かもしれないが北海道はまるで別の国にすら感じてしまう。
(いつかは明理と一緒にこっちに住めたら……)
 とかち帯広空港から40分程車を走らせ、帯広駅周辺に到着した。
「やっぱり帯広名物と言えばここですよね」
「うん、それにここは明理との初デートの場所だからね」
「あ、そういえばそうですね。覚えていてくれたなんてうれしいです」
 ここは豚丼の専門店ぶた八。豚丼は約70年前に帯広で誕生し、現在でも多くの市民に愛されている。その豚丼の中でもぶた八は珍しく網焼き豚丼で有名である。炭火で焼いた道内産ロース肉は脂が落ちて柔らかく、タレはつけダレとかけダレの二種類から選べるようになっている。
「もちろん俺は一郎だな。明理は?」
「そうですねぇ、今日は三郎にします。以前、創作デザートコンテストに優勝したときに一郎をご馳走していただきましたけど、わたしには少し量が多すぎたので……」
 しばらくして二人の前に一郎と三郎が運ばれてきた。
「それじゃ、いただきます。うん、うまい。やっぱり豚丼は帯広に限るね」
「わたしもそう思います。東京や他の所にも豚丼はありますけど、やっぱり帯広が一番です。」
 二人は豚丼を堪能した。
「さて、お腹もいっぱいになったし、次は何処に行こうか?」
「あの、久しぶりに以前バイトしていた柳月に行きたいんですけど…。東京のお友達やバイト先におみやげも買いたいですし」
「よし、じゃあ行こうか」
 明理は現在東京でパティシエを目指して専門学校に通いながらケーキ屋でバイトをしている。もともと引っ込み思案な性格なので初めのうちはなかなか周囲に溶け込めないでいたが、現在では仲のよい仲間もできたようだ。

 二人は柳月大通本店の前まで来て立ち止まった。
「ん?どうしたの、明理?」
「なんだかあまりに久しぶりなので緊張します…」
「はは、明理らしいね。大丈夫だよ、別にとって食われる訳じゃないんだから」
「そ、そうですよね。では行きます」
 明理は恐る恐る店に入った。
「いらっしゃいませ~」
 元気の良い声が店一杯に響き渡る。
「あら、ひょっとして明理ちゃん?久しぶりね。少し見ないうちに大人っぽくなったわね」
「あっ、一葉さん、お久しぶりです」
 このショートカットの女性、御堂一葉は明理が柳月でバイトをしていたときにお世話になった女性だ。面倒見が良く、明理にとってはお姉さんのような存在だった女性である。
「どう?東京の暮らしにも慣れた?彼氏と一緒に住んでるんでしょ?明理ちゃんも隅に置けないわねぇ」
「かっかっ…彼氏だなんてそんな…確かにそうなんですけど、なっ何というかわたしが無理矢理転がり込んだというかその……」
「フフ、相変わらずこういう話には免疫ないわねぇ。からかい甲斐があるわ」
 一葉が冗談交じりにクスッっと微笑む。
「もう、一葉さんの意地悪…」
 そのとき、入り口のドアが開いた。
「いらっしゃいま…あっ」
 明理が昔の癖でつい口走ってしまった。
「あうぅ~、やってしまいました。穴があったら入りたいです……」
「ははは、明理らしいよ」
「もう、笑い事じゃないですよ~」
 明理の顔は恥ずかしさのあまりリンゴのように真っ赤だ。
「いらっしゃいませ~」
 必死に笑いをこらえながら本当の店員、御堂一葉が接客に入る。
 店に入ってきたのは歳にして20代前半ぐらいのカップルだった。女性の方は髪が長く眼鏡をかけている。
「お客様、何をお探しでしょうか?」
「そうね、甘夏デイトいただけるかしら」
「大変申し訳ございません。甘夏デイトは期間限定商品なので現在は扱っておりません」
「そうなの、じゃぁ、きなごろもをいただくわ、ユウ、あなたは何にする?」
「う~ん、そうだな、僕も朝比奈と同じのでいいよ」
「あれ?」
 不思議そうに明理が朝比奈と呼ばれていた女性の方をじっと見つめている。
「どうしたの、明理?あの人のことじっと見ているけど知り合いなの?」
「いっ、いえそういうわけじゃないんですけどこれと似たようなことが以前あったような…?」
「それってデジャブってやつじゃないかな?前世で体験した出来事とか」
「う~ん、そうかもしれませんね」
「それじゃ、かわいい店員さん、俺にも何かお勧めのお菓子を選んでくれるかな?」
「は、はい、喜んで。やっぱり柳月といえば三方六です!!」
 明理はバイトしていた頃を思い出しているのか何だかうれしそうに見えた。
「へぇ、君詳しいんだね。これそんなに有名なんだ」
 突然ユウと呼ばれていた男性が会話に入ってきた。
 スラッと背が高くてまるで無邪気な少年のような瞳をしている。
「じゃぁひとつ買ってみるかな」
「あっ、ありがとうございます」
(しまった、またやっちゃいました)
 明理は再び真っ赤になった。
「ねぇ、朝比奈ぁ、これひとつ買ってもいい?有名らしいよ」
「ひとつ確認させて。あなた北海道で生まれて今まで北海道に住んでて三方六食べたことないの?」
「うん、僕最近の流行りとか知らないから」
「そんな問題じゃないわよ。全く…、まぁいいわ。早く持ってらっしゃい」
「はーい」
「そこのカップルさん、ユウが迷惑かけたみたいね。ごめんなさいね。」
「いっ、いえ、とんでもないです」
「わたしは朝比奈京子。で、こっちがユウ。まぁ、わたしの撮影助手みたいなものね」
「撮影助手とはヒドイなぁ、彼氏に向かって。もう少しマシな紹介してよ」
「もう、静かにしてなさいよ。それはともかく、わたし達撮影しながら北海道中を旅行してるの。縁があればまた何処かで会いましょ。それじゃ、お互い良い旅を」
「ありがとうございます」
「行っちゃいましたね。それにしてもかっこいい女性でしたね。わたしもあんなふうになりたいです」
「そ、そうだね……」(あんなになったらますます尻にひかれちゃうよ……)
「○○さん、そろそろわたし達も行きましょうか。」
「うん、そうだね。おみやげも郵送してもらうようにしたし、そろそろ行こうか」
「一葉さん、わたし達そろそろ行きますね。ありがとうございました」
「そうね、せっかく旅行に来たんだものね。楽しんで来なさいね。明理ちゃん、目一杯甘えて来なさいね」
「も、もう一葉さん…」
「○○さん、明理ちゃんをよろしくね」
「はい、任せてください」
 二人は柳月を後にした。
「あのぅ、実はもう一ヶ所行っていただきたいところがあるのですが……」
「うん、実は俺もあるんだ。きっと明理が思っているのと同じ場所だよ」
 柳月を出てしばらく車を走らせるとある霊園に到着した。
「○○さん…ちゃんと覚えていてくれたんですね」
「当然だよ。そのための帯広旅行でもあるからね。それに、きちんとあいさつしておかないと原田さんに“このたくらんけ!”って怒られるよ」
「フフ、そうですね」
 二人は原田さんの墓石の前に立った。
「お父さん、ごめんね。滅多にお参りに来れなくて。わたしは今東京で○○さんと一緒に暮らしてるんだよ。だから独りぼっちじゃないからね。心配いらないよ。お父さんはそっちでお母さんに会えたのかな?きっと会えたよね。あまりお母さんに迷惑かけないようにね」
 明理の目には今にもこぼれ出しそうなくらい涙で溢れていた。彼は明理の肩をそっと抱いた。
「原田さん、お久しぶりです。俺は今明理と一緒に暮らしています。無事就職もでき、何とか二人でやっています。はっきり言って俺はまだまだ頼りない男かもしれません。でも絶対明理に悲しい思いはさせません。きっと幸せにしてみせます。だからどうか見守っていて下さい…」
「○○さん……」(お父さん、わたし幸せだよ)
「おっと、そうだ。原田さん、これよかったらどうぞ」
 そういうと彼はポケットからカップ酒を取り出した。
「あっ、○○さん、それ…」
「うん、カップ酒。原田さんにと思って買って来たんだ」
「そうだったんですか。フフ、実はわたしも……」
 そう言うと明理もバッグからカップ酒を取り出した。
「お父さん、今日は特別だからね。あんまり飲みすぎてお母さんに心配かけちゃダメだよ」
 二人は墓石に手を合わせそれぞれの思いや決心を伝え、霊園を後にした。
「さて、そろそろ次の目的地に向かおうか」
「はい、そうですね」
 二人を乗せた車は明理の生まれた街、帯広に別れを告げ次の目的地に向かって走り出した。

 

                             つづく

あとがき(という名のいいわけ)

まずは読んでくださった皆様、いつもありがとうございます。今回、「君と北へ。」という明理のssを掲載させていただいたのですが、この作品は、自分が15年程前に初めて書いたss(小説)です。
北へ。という作品に出会い、ゲームをプレイし、アニメを見て、CDを聴いて……、その後もどうにかして“北へ。というものに関わっていたい”と考えたときに、「終わってしまったのなら自分で考えればいい」という結論に至りました。
そうして完成したのがこの記念すべき?ssでした。
文章の何たるかも、文法や、表現の仕方も全く分からない自分が書いた何とも拙すぎるssですので、HPに掲載するのもお恥ずかしい話なのですが、やはり自分の原点的な作品なので、意を決して掲載させていただきました。っとまぁこんなことを書いていますが、今現在書いているssと比べても大きな変わり(成長)はないんですけどね(笑)
いきなりいいわけ全開で書いていますね!w
前置きはともかくとして、この作品は、「帯広編」「札幌編」「函館編」と3つのssで構成されています。今回はその「帯広編」です。
設定としては、北へ。DDのエンディング後の明理が「来ちゃいました」と東京の主人公の部屋に押しかけた後の後日談的な感じで書いています。おそらくはエンディング後、1~2年ってところでしょうか?
ちなみに主人公の名前が「○○さん」となっているのは、このssを書いていた当時は、ゲームをプレイした人の数だけ主人公は存在すると考えていたので、それに習って?読んで下さる方の数だけ主人公が存在すると考えたので、敢えて名前がなく、「○○さん」となりました。ですので、そのまま修正せずに以前書いたままの状態で掲載しました。他の文章も誤字を修正した程度で、ほとんど変更はせずに掲載しています。そのため、自分で何度読み返しても恥ずかしくなるぐらい拙い文章がたくさんあります(恥
さらに付け加えると、実はこのssで明理が巡る場所や宿泊先などは、北へ。に影響され、初めて北海道旅行に行った時に巡った場所をトレースしています。言わば自己満足極まりないssです(笑)
もちろん行っていない場所等もありますが、自分の旅行を元に作っています。
というわけで、残り「札幌編」「函館編」もよろしくお願いします。皆様あってのssです!
それではまた……。

                      
2020.1月  say

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