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北へ。アンソロジー

​<いじっぱりなクリスマス>

<いじっぱりなクリスマス>

「ひとつ確認させて。あなた本当に今日と明日は仕事休みなんでしょうね?」
 朝比奈京子は携帯電話に向かって少し強めの口調で話しかけた。
 今日は12月24日、クリスマスイヴ。世間はクリスマスムード一色で、街を行き交う人達も心なしか普段よりウキウキとしているように感じる。
 札幌の気温は-5℃で、辺り一面雪景色。大通り公園はホワイトイルミネーションで幻想的なライトアップが施されていて、恋人たちのクリスマスを一層盛り上げている。
 北海道に住んでいるとホワイトクリスマスなんて当たり前の光景なのかもしれない。
「もちろん休みだよ。だって京子が空けておけって言っていたからね。別にそれはいいんだけど、京子は今日は仕事だったんだよね?確か雑誌に掲載する対談があるとか言ってたよね?」
 遥か遠く、東京の彼の部屋から発した声が電話越しに京子の耳に届いた。
 京子は大学に在学中はシネマ研究会に所属していて、数々の賞を受賞しており、大学卒業後も自主映画の作成や映画に関する論文などの功績が認められて、現在は駆け出しではあるが、映画監督として活動している。
「ええ、今はちょうど休憩中よ。ひとり寂しくクリスマスイヴを過ごしているあなたの声でも聞いてやろうと思ったのよ」
 京子は悪戯っぽく答えた。
「いやいや、一体誰のせいで寂しいクリスマスを過ごしてると思ってるのかな?京子が仕事だからだと思うんだけど?」
 今度は彼が悪戯っぽく言い返した。
「そもそも、京子が仕事で会えないのに、どうして僕は仕事まで休みを取って家に引きこもってなくちゃいけないのさ?」
「そんなの私だけひとり寂しくクリスマスを過ごすなんて不公平だから、あなたにも同じ気持ちを味合わせてやろうと思ったからに決まってるじゃない」
 ぶっきらぼうに京子が答える。
「それにクリスマスプレゼントをそっちに送っておいたから、受け取ってくれる相手が不在だったらプレゼントが可哀想でしょ?」
 京子が付け加えて言った。
「相変わらずわがままだなぁ。そんなこと言って、京子の方が僕の声を聞きたくなったんじゃないの?」
「ば、バカ!そんなことあるわけないじゃない!私は別に……」
 京子は頬を赤く染め、あたふたと狼狽える。電話越しにきっと彼にもこの光景が伝わっていると思うとさらに恥ずかしくなり、黙り込んでしまう。
「ありがとう。僕は嬉しかったよ。仕事で忙しいのにわざわざ電話くれてさ」
 こういう恥ずかしいことを彼はいつもさらっと口に出して言うのだ。聞いているこっちが恥ずかしくなってしまう。冬だというのに京子の身体は熱く熱を帯びているようだ。
「やっぱり札幌はホワイトクリスマスなのかな?今頃大通り公園はホワイトイルミネーションが綺麗なんだろうね」
 大通り公園にあるさっぽろテレビ塔……。ここは二人が初めて出会った場所でもある。この出会いがなければ今の二人は存在していなかっただろう。
「そうね。ちょうど今の時間だとライトアップされている頃じゃないかしら?」
 京子は携帯電話を右手に持ち替え、左腕に付けている腕時計を確認する。時刻は午後5時を回ったところだった。
「そろそろ向こうは日が暮れて真っ暗になる頃でしょうね。北海道は内地より日が暮れるのが早いのよね」
「へぇそうなんだ。あれ?向こうってどういうこと?そっち(札幌)のことだよね?」
 彼は京子の発言に疑問を持った。札幌に住んでいるのに北海道のことを“向こう”と呼ぶのはおかしいと思ったからだ。
「えっ?た、ただの言葉のあやよ。あなたの立場になって答えただけ……。別に深い意味はないわ。それだけよ」
「ああ、なるほど。それはそうと、仕事の方は大丈夫?何だか後ろの方が騒がしいみたいだけど……電話してて大丈夫かな?」
 電話越しに聞こえる京子の声の後ろの方からは雑踏の音や車の音が聞こえてくる。
「え、ええ。大丈夫よ。ちょっと足りないものをコンビニに買いに行く途中なの。それより、ひとつ確認させて。ひょっとしてそろそろ電話を切りたいのかしら?まさかあなたの部屋に誰か可愛い女の子でも待たせてるんじゃないでしょうね??」
 電話越しに京子の鋭い声が彼に突き刺さる。
「そんなわけないじゃないか。僕一人だよ」
 そう言った瞬間、彼の部屋のインターフォンが鳴った。
「前言撤回。今から女の子と会う予定みたいね!」
 さらに京子の鋭い声が容赦なく突き刺さる。
「ち、違うよ!きっと宅配便か何かだよ。そうだ、京子が言っていたクリスマスプレゼントが届いたんだよ、きっと」
 彼は別に何も悪いことはしていないにも関わらず、あたふたと困惑する。
「なら私に遠慮しないで確認すればいいわ。それで無実を証明してみせなさい」
 気のせいか京子の声は少し高揚しているように聞こえた。
「わ、分かったよ。見てくるから少し待ってて」
 彼はそう言うと、携帯電話をテーブルの上に置き、玄関に向かった。
「は~い」
 玄関の向こう側の宅配便の配達であろうスタッフに声を掛け、ドアのロックを外し、扉を開く。
「メリークリスマス!!」
 そこには京子が立っていた。
「え??京子?どうして此処に……」
「言ったでしょ?受け取ってくれる人が不在だったらプレゼントが可哀想だって」
 京子は悪戯っぽく微笑んだ。
「やられた…。だから休みを取っておくように言ったのか……。でもそれじゃ仕事は?」
「そんなの昨日のうちに予定変更してもらって前倒しで終わらせたわよ。おかげで大変だったんだから!」
「相変わらず凝った演出だね」
 彼がにっこり笑って答える。
「映画監督ですもの」
 少し照れくさそうに頬を赤く染め、京子も微笑んだ。
「で、このクリスマスプレゼントは受け取ってくれるのかしら?」
 照れくさそうに少し俯きながら彼の胸にトンっと額を付け体重を預ける。
「もちろん!メリークリスマス、京子」
 京子をグっと抱き寄せ、彼が微笑む。
「ここじゃ寒いから中に入ろう。夕食まだだよね?」
 そう言って彼は京子を奥に案内する。
「さ、座って」
 案内されたテーブルにはどう見てもひとりでは食べきれない量の料理が並んでいた。
「ひとつ確認させて。どうしてこんなにあなたひとりで食べるには不自然な量の料理が並んでいるの?まさかホントに誰か女の子でも呼ぶつもりだったんじゃないでしょうね……」
 京子の声には怒りはなかった。代わりに悲しさと寂しさが入り混じったようなか細い、今にも消え入りそうな声だった。
「違うよ、神に誓って。もしかしたら急に京子が来るんじゃないかって思ってさ。いや、来てくれたらいいなっていう僕の希望的観測だったんだけど……。まさか本当に京子が来てくれるなんて思ってもいなかったよ」
 そうだった。最初から分かっていた。彼は、朝比奈京子が好きになったこの男性は京子が悲しむようなことをする人ではないということは京子自身が一番良く分かっていた。
 自分が仕事を一日早く前倒して切り上げ、会える時間を作ったように、彼もまた、希望的観測であったとしても、もしかしたら京子が来るかもと考えていてくれたことがたまらなく嬉しかった。
「バカね、もう……」
 そう言って、彼に勢い良く抱きつく。その反動で二人して床に倒れこみ、彼を京子が押し倒した形となった。
「もし私が来なかったどうする気だったの?」
「そのときは二人分の食事を無理矢理食べ切って、明日の休みは腹痛と胸焼けで寝込む予定だった…かな」
「ホント二人してバカね……」
「京子さん……そろそろどいてもらえると助かるんだけど……」
「何よ?重いとでも言いたいわけ?」
 ギロリと京子の眼光が彼を捉える。
「いや、そういうわけでは…」
「少し黙ってなさい」
 そう言って京子は抱きついた腕に一層力を込めて彼の唇を自分の唇で塞いだ。
 二人の距離が完全にゼロになる……。
 意地っ張りなキス。それは会えなかった二人の距離を一瞬でゼロにする魔法。最高のクリスマスプレゼントだった……。

Fin

あとがき(いいわけ)

 まずは今回も読んでくださった方、ありがとうございます。
 今回はもうすぐクリスマスということで、クリスマスらしいSSを書いてみました。
 京子は北へ。に登場するヒロインの中でも、個人的にはかなり好きなキャラクターの一人なのですが、京子=(イコール)ツンデレということで、このようなSSとなりました。
 クリスマスイヴ当日は、本当なら仕事であったのを、何とかして彼と会いたいがために前日までに仕事を終わらせて会いにいくという設定なのですが、「最初から連絡して会いに行けば何も問題なかったんじゃないの?」というのは言わないお約束で(笑)。
 そのへんは素直になれない意地っ張りな京子ならこういうこともあるんじゃないかなぁというイメージで書かせていただきました。札幌にいると思わせつつ、実は電話しながら少しずつ彼の元に急いでいるのが伝われば幸いです。
 今回かなり短編のSSではありますが、やはり何かを書くということはとても楽しいことだと改めて感じました。何というか、昔の気持ちを思い出せたような気がします。クオリティは全く進歩していませんが……(笑)
 これからも出来るだけ色んなキャラのSSを書いていければと思いますので、今後ともお付き合いいただけるとありがたいです。読んでくれる方あってのSSです。
 それではまた……。

2019 12月 say

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